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朝日新聞(1)

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朝日新聞(昭和10年12月8日【号外】)
昭和10年12月8日【号外】p1
再び大本教に鉄槌下る
今暁三府県にわたり幹部卅名を一斉検挙
教主王仁三郎は松江で捕縛
行動精神の不敬発覚
【京都電話】最近京都府亀岡町大本教天恩郷から信者間に配布した文書中に不敬に亙る内言が記載されてゐるのを発見した京都府警察部では事件を重大視し内務省及び京都地方検事局などと重要打合せを遂げた後七日深更全市の警察官の非常召集を為し各署から応援した凡そ三百名を以て特別検索隊を組織し数十台の市バスに分乗し薄田府警察部長、杭迫特高課長等指揮して八日午前一時京都を出発、亀岡行綾部に急行午前四時半を期して永岡保安課長の指揮する一隊は綾部町の大本教本部を襲ひ又豊原警務課長の率ゐる一隊は亀岡町の大本教天恩郷の一斉検索を行ひ教主出口王仁三郎の一族幹部等三十余名を検挙多数の証拠物件を押収した尚教主出口は八日松江市において開かれる同教山陰大祭に出席中急行した京都府警察部高橋警部に逮捕され八日午前五時松江駅発京都に護送され、一族出口宇知麿外数名は東京において検挙された、尚京都市内各署も総動員で京都市内の大本教支部の一斉検索を行つてをり京都地方検事局からも小野検事外書記十数名亀岡に主張検索のメスを揮ひ、大正十年当時の警察部長藤沼庄平氏によつて行はれた大検挙以来の大検挙と見られてゐる、尚古賀、小倉両内務属は同事件のため八日午前六時京都着入洛した

【松江電話】大本教一斉検挙に相呼応して島根県警察部では七日深夜から俄然活動を開始、工藤島根県特高課長の指揮の下に松江署特別隊をはじめ県警察練習所生、講習生その他島根県出雲部警察官約二百名が八日午前四時を期して松江市北堀町大本教別院を襲ひ別院に同日午前十時から挙行される秋季大祭並に別院創設五周年記念祭に出席のため一党を引連れて七日午後一時五分松江駅着列車で来松した大本教総帥出口王仁三郎氏を検挙し、直に自動車数台に警察官を分乗せしめ山陰線揖屋《いや》駅に向ひ午前五時十七分同駅発京都行列車で松江署松浦警部補外警官十五名の護衛裡に京都へ護送された
何れも留置
【京都電話】亀岡及び綾部において検挙した出口王仁三郎氏の一族や大幹部など三十余名現場から自動車で京都へ護送し各署へ留置した
京都府検索
【京都電話】八日午前十時すぎ京都地方裁判所岡本予審判事、高木検事、書記数名の一行は中西西陣署特高係長を伴ひ京都市大宮御池上ル皇道大本教京都本部、昭和神聖会京都地方本部、四方万寿方の家宅捜索を行ひ多数の証拠書類を押収して引揚げた

【京都電話】京都府木津署では小林署長以下署員十名は八日午前三時二台の自動車に分乗、相楽郡東和束村にある大本教相楽郡別院筒井正助方を襲ひ家宅捜索を行つて大本教の新聞雑誌掛軸書類及び気合術用木刀等を大行李二個に積込み押収同十時五十五分本署に引揚げた
綾部と亀岡を取巻く検索隊
【京都電話】京都地方検事局では八日未明から全検事を総動員し堀部次席、鈴木主席、小野思想主任検事外大部分の検事は京都地方裁判所西川、栗原、松野三予審判事と共に亀岡、綾部に急行警官隊の指揮に当つてゐる
尚午前十時岡本予審判事、高木、池本両検事は数名の書記府特高課員を帯同西陣署に向ひ西山署長と打合の後直に同署中西特高係長と共に二台の自動車に分乗京都市内の大本教四十五支部の総元締と京都市御池通り押小路下ル西側皇道大本京都分院昭和神聖会京都地方本部(四方万寿)を襲ひ二時間余に亙り家宅捜索の後多数の証拠書類を押収して引揚げた
紫雲郷幹事
浦和で検挙
【浦和電話】県特高課では八日午前五時警視庁よりの手配により小林警部、伊藤警部補、山口部長(浦和)の一隊が浦和市常盤町四四四七東京市王子区日本製紙加工会社工場長米倉範治氏(60)宅を襲ひ同氏を浦和署に連行留置した
同氏は紫雲郷の幹事で今回の事件については相当主要な役割を勤めてゐるらしい
信徒に及ばず
【京都電話】八日払暁の大本教一斉検挙において検挙されたものは京都、東京、島根の三府県にわたり教主王仁三郎氏(65)が松江市において逮捕された外五十麿、日出麿、宇知麿、大幹部岩田久太郎、栗原白嶺等の出口一族及び幹部等全部で三十名である右に付杭迫特高課長は「今回の検挙の範囲は最も必要な人物出口王仁三郎とその一族及び最高幹部凡三十名を検挙しただけでこれ以上には拡大しない模様である」と語つた
帝都七ケ所に手入れ
京都警察部と相呼応した警視庁では八日午前四時半一斉検挙に着手、東京地方裁判所の戸沢、木内、芳賀、吉江の四検事並に両角外三予審判事指揮の下に特高課千速係長以下課員数十名それに管下各署からの七十名の応援を得て、四谷愛住町昭和神聖会総本部、杉並区方南町皇道大本紫雲郷別院、麹町一ノ一〇同会東京地方支部等七ケ所を襲ひ小石川区原町一五一御田村竜吉(同教大宣伝使)荏原区小山一九七高川宅治(正宣伝使)四谷区愛住町七六、昭和神聖会広瀬義郎並に同所において、出口王仁三郎の次男同教副統監出口宇知麿、品川上大崎二ノ五五九下田貞次、杉並区方南町三一二紫雲郷別院土井靖都(正宣伝使)淀橋区戸塚三ノ三一九米倉嘉平(王仁三郎秘書)及び指名手配によつて埼玉県浦和町四四四八米倉恭一郎を検挙、それぞれ所轄署に収容したが、四谷愛住町の昭和神聖会本部では王仁三郎のお筆先、瑞祥新聞、機関雑誌「真如の光」「皇軍と少女」のトーキーフイルム、日本刀一口、木刀五本、紫雲郷別院では書籍、日誌、短刀一本、等を押収したなほ大本教正宣伝使深町霊陽は八日午前十時靖国神社境内で捕はれた
昭和10年12月8日【号外】p2
悪質の不敬事件
教主を「ある存在」とし信者に妄信を強ひる
今回の検挙を敢行するまでには京都府警察部を中心として警視庁、島根県警察部では内務省指示の下に慎重に調査を遂げたものでこれは昨年十一月頃信者に送つた文書から活動を始め最近漸く悪質の不敬の事実を突きとめたためである、その内容は教主王仁三郎が自らをある存在だとし、信者に妄信を強ひてゐたものである、但し暴力的な行動を計画した形跡は今の所明瞭でない、なほ検挙は三十名(内東京八名)で一般信者には及ばない方針である
公安憂慮の検挙
高田文部省宗教局長談
従来の制度では宗教として神道、仏教、キリスト教以外は行政上扱つてゐない、大本教は警察だけで取締をしてゐるものだ、従つて野放しとなつてゐる観があるのだ、今度案を練つてゐる宗教団体法案によると、宗教類似の団体に対しては届出を命じて若し不穏のものであれば停止せしめることが規定されてゐる、──宗教局としては大本教の内容に関してこれまでは宗教としての調査はしてゐなかつた訳で、今度の法案が決定したならやらうと思つてゐたものであつた
鈴木京都府知事談
【京都電話】京都府綾部町に本拠を有する大本教において不敬の言動あるやの疑ひあり予て注意中のところこれを放置するにおいては公安に憂慮すべきものあるを認め十二月八日京都府警察部においては京都地方検事局と打合せの上警視庁並に島根県警察部と協力し関係箇所の家宅捜索をなすと同時に出口王仁三郎以下約三十名の関係者を検挙せり
薄田京都警察部長談
【京都電話】内容については本省からの指令によつて鈴木知事の語られた以上の事は話せない、杭迫府特高課長が昨年十一月着任以来大本教に関し専心研究の結果遂に今回の大検挙となつたのであるが内容は去る大正十年大検挙の際と同じやうなことを繰返したものである
”何が何だか”
けふ昭和神聖会本部で出口氏次女語る
検挙を喰つた四谷区愛住町昭和神聖会総本部には、事務員達と落つきはらつた出口王仁三郎氏次女出口寿賀麿妻うめのさん(32)が留守をしてゐるが
何も私は知りません、三日前に遊びに上京して来ました、何が何やら判らず驚いてゐるばかりです
といつてゐる、また本部の連中は出口副統監、広瀬総本部次長を曳かれてぼんやりしてゐる
これで二度の災難です、今朝はびつくりしました、広瀬次長はずつと当方にゐられますし、宇知麿副統管[監]はしばらく亀岡に行つてゐられ昨朝帰られましたばかりです
と神の試練だといはぬばかりに落ついたものだ、信者達からの問合せやら見舞の電話に忙殺されてゐる
別院の驚き
杉並区和田本町三一二皇道大本紫雲郷別院は押収された重要書類の風呂敷包十個と共に関東主会長土居靖都氏(53)が検挙され居合せた信者、男五名、女七、八名は何事が起つたのやらわけが判らず
一体どんな事があつたのですか
私たちには皆目判りません
とて茫然としてゐる
新潟の手入れ
役員二名を検挙
【新潟電話】新潟県特高課では八日午前五時中央の指令により新潟市上大川前通小甚旅館に宿泊中の京都府天恩郷本部役員井上留五郎(62)同昭和青年会役員神本泰昭(42)の両名を検挙、新潟署に留置取調中である
右両名は去る六日山形県方面から本県に入り大本教教義宣伝のため引続き新潟市の信徒間に呼びかけ市内数ケ所で座談会を開き七日夜は新潟市二葉町同教支部事務所で数十人を集め深更まで座談会を開いてゐたものである、両名は県下各地の状況その他につき本部との連絡を取つてゐたもので新潟市内の信徒は目下三百名位を有しその他県下には加茂町をはじめ各地に多数分布されてゐる
尚右両名今回の行動は今までのところ新潟市だけに限られてゐる模様である
すでに覚悟の教主
落着いて引立てらる
【松江電話】島根県警察部では別項の如く八日午前四時を期し松江市北堀町大本教島根支部境内にある通称赤山御殿に澄子夫人と臥床中の出口王仁三郎氏を検挙したが同氏検挙に当つては既に警視庁から工藤県特高課長に秘命が発せられて居り当日警官隊が支部を包囲した際例によつて支部付近には昭和神聖会員等が徹宵警戒に当つて居たが入口に居合せた会員二名を検束し間髪を容れず工藤県特高課長が屋内に入り王仁三郎氏に向ひ「京都からお迎へに来ました」といへば既に同氏は覚悟を定めて居たものの如く
一寸京都に用事があるから行つて来る、教徒に心配させぬやうに
と澄子夫人にいひ含め警官に引立てられて行つた
信徒二千名が知らぬ間の拘引
松江の大祭は平穏
【松江電話】出口王仁三郎氏は八日松江市北堀町大本教島根別院に開かれる大祭当日の未明検挙された、その朝の別院は国旗を掲揚し県下各地から続々信者が集まり午前十時には約二千名の信徒によつて盛大な祭典が挙行されたが王仁三郎氏の検挙が疾風迅雷的であつたため信者はこれを知る者少く極めて平穏であるが
島根県警察部では多数の警官を松江に集結北堀の別院を中心に三間おき位に二人づつの警官を配置する一方別院正門には松江署敦賀司法主任の指揮する多数の特別隊が厳重な警戒陣を張り付近一帯は物々しい情景を呈した
教主夫人語る
【松江電話】大本教主出口王仁三郎氏検挙の旋風一過の後松江市の同教島根別院では予定通り八日午前十時から教主夫人澄子氏主宰の下に秋季大祭が執行されたが澄子夫人は落付いた態度で語る
松江は今朝がた警察の方が見えられ教主に同行を求められ出かけましたが私には何のことかさつぱりわかりません、出がけにも何も大した言伝がなかつたものですから祭典は予定通りやつてゐます、私は多分明朝位に綾部へ帰るつもりでゐます
実に計画的だ
断乎処罰せよ
第一回の検挙に腕を揮つた藤沼氏快哉を叫ぶ
大本教大検挙の報に膝をたたいて快哉を叫んでゐる男、かつて大本教に大手入れを断行して天下の耳目を驚倒させた藤沼庄平氏の思ひ出話をきいて見る、その検挙は大正十年二月十二日、当時藤沼氏は若冠三十六歳の警察部長として京都府に在職、元気一ぱいの腕をふるつた頃の思ひ出である──
大正七年の五月京都へ赴任し、米騒動が終つてから、同年暮愈々大本教検挙を決意しました、皇道大本を説きながら教主出口王仁三郎の書く文章の至る所に不敬な言辞が散見するのです、当時の馬渕府知事の同意を得、現在仙台の日本生命支店長をしてゐる高芝君を専任警部に任命して内偵を進めたのです、材料を集めるのに一年半、その間高芝君は出口から「秘書に命ず」という辞令をもらつたりしてね、あつはつは──愈々その頃の平沼検事総長、小山次席検事(前法相)の指揮によつて断行したね、綾部、亀岡、八木、京都の四ケ所を襲つて、出口は大阪の大正日日新聞社長室から検挙した、この時彼は僕に耳打ちしてね「藤沼さん、不敬罪ぢやありますまいな」といひましたよ、この一言で彼等の行動が如何に計画的であり、又精神病者でもなく、彼等の一番痛い所であるかが判るでせう、断々乎として処罰すべきですよ、それが大正天皇崩御のためその事件は特赦になつたんです、今京都でやつてる中村総務部長が当時の保安課長でね、断然やるでせうよ、何しろその頃から「『お筆先』なんてものは私の作りものです」と出口は平然と云つてるんですからね、皇道を説く者としてあんな団体がある事は実際困ります
と前警視総監の腕をさすつてゐるのだ
解散を命ずるか
内務省慎重に研究
不敬事実を暴露した大本教に対し内務省警保局では解散を命ずべきかどうかについて目下研究を進めてゐるが大本教が秘密結社等に抵触せぬとしても取調の進行によつて不敬問題で断乎解散することになりはせぬかと見られ成行は頗る注目されてる
埼玉県下の信徒
【浦和電話】埼玉県下の大本教組織は大正十年の大検挙前に根を下したものであるがその後一時沈滞し昨年大本教を中心とする政治結社昭和神聖会の組織されて以来急速に発展し現在では教徒概数五百、二分所、十八支部がある、分所、支部所在地は次の通り
△分所 浦和、本庄
△支部 大和田、志木、内間木、浜崎、川口、太田窪、木崎、大宮、三橋、所沢、川島、松山、野本、行田、江面、大里、藤田、仁手
物凄い勢力で海外にも蔓る
全土に臨む大理想を描く
大本教とは何か?
京都府鹿何[何鹿]郡綾部町に天保七年に生れた出口直婆さんは明治二十五年以来神がかりだといつて物質万能の世を立直さねばならぬと神人の関係、霊主体従主義の警告、教訓及び予言等全部平仮名で書き綴つた所謂「お筆先」を多数作成し艮の金神その他の神を祀つてゐたところ現教主出口王仁三郎氏は明治三十二年直の末女すみの婿養子となつてその後多少の変遷はあつたが直のお筆先が自分の修得した霊学を骨子として大本言霊学及び大石凝真著「美の言霊学に」よつて解釈した古事記の主旨を加味して教義を組織しこれを皇道大本と名づけた
その教義は直に憑り移した艮の金神国常立命の神勅により政治宗教その他人世の経綸一切よう実行せんとする治教の一種だと称し幽顕両界の立替へ立直しをして将来世界統一の帝都を綾部に遷し出口家が祭祀長となつて神勅を受けると説き神社を祀り瞬くうちに大勢力を築き上げ殊に知識階級、軍人、官吏等が多数馳せ参じてゐたが
大正十年五月同教の宣伝機関誌で大正六年から綾部で発刊してゐた「神霊界」と題する雑誌中に皇室の尊厳を冒涜する不敬記事が多数掲載されてゐることが判明大検挙が行はれ出口王仁三郎氏、教義宣伝に当つた浅野和三郎氏、発行人の吉田祐定氏は京都地方裁判所で公判に付され大騒ぎであつた
 ○……
然しその後も同教の勢力は再びぐんぐん盛返して大正十四年から欧洲にも進出してパリに欧洲本部を置き又支那満洲の世界紅卍会と共同宗教戦線を張つて人類愛善会を設立して総本部を亀岡に置き「人類愛全新聞」を発行、更に全東洋の宗教界に君臨すべく支那の道教、救世新教、仏教、喇嘛教、道教、仏教、回教等を含む世界宗教聯合会を北平に設ける等物凄い勢ひで進出してゐる
 ○……
かくて大本教はかつての検挙による弾圧に一応鳴りをひそめてからは只管《ひたすら》海外進出に主力をおいてゐたが総本部を綾部に、活動機関本部を京都府亀岡町に置き同町の天恩師[郷]は明智光秀の旧城址二万余坪を擁し常に数百名が居住して光照殿月宮殿等数多の造営建築物をはじめ大祥殿といふ大道場、安生館といふ宿舎等修業者は益《ますます》殖え行く一方宣伝のための印刷工場を設ける等組織ある大運動の起訴はぐんぐん固められてゐる
内地には千数百の分院が各地至る所に設けられ六千の宣伝布教師が活躍し又昭和青年会は人類愛善会発展の前衛隊として活動し全世界各国にも多数の信者を獲得その数は非常に多く見られてゐる
昭和神聖会
奇矯な綱領
大本教の別働隊
【綾部電話】今回の大検挙により糾明の核心と見られて居る昭和神聖会は大本教の別働隊で出口王仁三郎氏を統監に、公爵二条基弘氏を総裁に、昨年一月二十三日東京で発会式を挙げ総本部を東京に、亀岡に本部を置いて全国主要都市にそれぞれ支部を置き又綾部には三本地方本部を設立し広く会員を募集して居た、昭和神聖会の綱領は左の通りである
一、皇道の本義に基き祭政一致の確立を期す
一、天祖の神勅並に聖詔を奉戴し神国日本の大使命の遂行を期す
一、万邦無比の国体を闡明し皇道経済、皇道外交の確立を期す
一、皇道の国政を信奉し国民教育指導精神の確立を期す
一、神聖皇道を宣布発揚し人類や愛善の実践を期す
以上の綱領により所謂皇道維新、祭政一致、皇道外交、人類愛善を提唱し又雑誌「神聖」を毎月発行、この外「祭政一致の大道」「華府条約即時廃棄」「機関説排撃」などのパンフレツトを多数頒布して居た
紙上には出口統監以下幹部等は所謂神聖会の綱領に基き政策諸説を発表して居るが出口統監の所説には皇道経済として紙幣一千億円を発行せしめ、五六年間は全く国民の諸税を免除し酒煙草の如き全部無税にすべしといふやうな驚くべき奇矯な説を発表してゐる
昭和10年12月9日 p3
【社説】邪教取締りを徹底せよ
 京都、東京・島根等を中心とし大本教幹部の一斉検挙が断行され甚く世人を驚倒せしめたのである。然も問題の中心が頗る悪質なる不敬事件にあるらしいのは一層その波紋を大ならしむるものである。例へば教主自らをある存在だとして教徒に妄信を強ひたり、外辺の既知を絶対に許さず信者にもその内容の隠蔽されてゐる神庭会議にてあらゆる不遜不穏の論議を試みたりしてゐるらしいとは何んと云つても許し難い所であらねばならぬ。勿論例のお筆先や言霊学にあるやうな艮の金神に治教の全経綸を帰一せしめ、出口家をしてその祭祀長とするが如き教義は外面に再び現されてはゐない。けれども、皇道経済皇道外交等の美辞のもとに突飛極まる妄説を盛り、明らかに大本の宗教団体としてのみではなく、大本教的世界をめざす政治的社会的結社たることを示してゐる。其昭和神聖会はたしかにさうした政治社会的意味をもつた団体であると認められてゐる。これは、政界裏面の種々なる動きに見ても可成りな潜勢力と多方面の活動力をもつものの如く察せられる。
 惟ふに、国の内外に存する多数の宗派全部がかかる誇大妄想的な奇怪なる思想の信奉者であるとは信ぜられない。何故ならば検察当局の目標とする神庭会議なるものが主として教主同族及び最高幹部三十名前後のものの秘密会合であつたからである。その意味で検挙の手が一般信徒に及ばないのは当然であるといへようが、それだけに今回の暴露に深く省みる所がなければならぬと思ふ。苟くも、不平不満のさかうらみなどを為すべき筋合のものでは断じてないのである。
 現代の思想的不安や社会的な動揺が人心に焦燥の感を与へ、頼りなき印象を深うすることは何としても事実であるが、かかる国民心理の機微に乗じその好奇の念に投ずるが如き宗教まがひのものなどによつてかかる時弊が救はるるとは到底考へられない。その中には精神病理学や変態的宗教心理学の対象となるやうなものが多いことに戒心しなければならないのである。邪教ならずんば淫祠、性教ならずんば妄信のいかに世に流布さるるかを思へば転た慄然たるものがある。況んや各種過激運動に連繋したり、隠約の間に出資煽動するものあるやの風評行はるるに至つては尚更その教毒の恐るべきを知るに足らう。加之、産を失い家庭を破壊し加持祈祷の類ひに命数を早むる善男善女も尠くないのであるから、元来宗教局当りで日頃から十二分に研究調査をして置くべき筈である。
 従来、神道、仏教、基督教のみを文部行政上取扱つたのは制度上已むなしとしても、実際世の中に宗教的存在として横行せるものに対し殆ど無関心で過して来たのはどう云ふものか。警察当局の一大努力によつて実害甚だしきものはどうにか取締るからいいやうなものの、その教義、思想の内容を吟味批判するのを用意乏しきは識者の腑に落ちかねる所といはねばならぬ。教学刷新が大体において教育学問に関するものであることはいう迄もないが、単に内審との職能関係が懸案たるばかりか、ここに宗教局方面とも重大なる連絡を要することが判つて来た。殊にこの方面は、科学や常識で律し難き突拍子もなき迷信邪説の潜入し得る分野であり、しかも案外に多衆を幻惑する魅力に富むのであるから、今後一層の注意を要するのである。
 正確なる事実は将来に待たねば明らかにならぬのであらうが、京都警察部長は大正十年と同じやうな事を繰返したものだといふし、当時の部長勝沼氏も計画的行動であると言明してゐるのであるから、刑法七十四条、七十六条に触るる実に容易ならぬ不敬事件と察せられる。従つて、いかに表面上美名の綱領を掲げてゐようとも、明徴擁護のため、且又社会への弊害芟除《さんぢよ》のため解散をも辞せざる断乎たる邪教取締りを敢行すべきであり、同時に片手落ちのないやうに類似の傾向の認められた教団に対しても厳粛なる態度を以て臨むべきであると信ずる。
昭和10年12月9日 p11
邪教撃滅へ 当局強硬
まず両総本部を閉鎖
大本教解散を命ぜん
国体と相容れぬ思想
大本教幹部三十名の検挙は八日早暁の活動で一段落の形であるが、東京八名、島根二名の身柄も夫々三四日中に京都に護送される筈である、大本教信徒は全国四十万と號してゐるが事実は二十万人位で、検挙は幹部にのみ及び、現在の所信徒に及ぶ模様はない、検察当局では同教の此種の行動が二回目の事とて極めて強硬な態度を持し、不敬罪を構成することは今の所間違ひなく証拠の蒐集に基いて近日中に断乎同教の解散を命じて、邪教大本教の根絶を計るものと見られてゐる、この大検挙を断行した根本的態度は大本教教義の内容──文字に現れた形式ではなくその字句に盛られた思想内容に絶対に我が国体と相容れぬものがあるとの確信から出発してゐるものでその証拠固め着手迄には絶対に秘密を厳守する必要を生じ京都府警察部では刑事課長にさへ知らさず唯一名の敏腕刑事をして数カ月の永きに亙り同教本部の内偵を行はしめ信徒でも絶対に窺知を許されぬといはれてゐた同教最高幹部の『神庭会議』にまで追及を進めた結果この会議こそ大逆罪を除くあらゆる皇室に対する罪を敢てしてゐた世にも奇怪な存在である事を突止めるに至つたもので、教義の精神はもとより王仁三郎の言説その他、不敬な紋章を制定し、又自分及び妻女澄子の名称並に綾部、亀岡等の地名に不敬な文字を僭称し或ひは信徒総会を王仁三郎が白馬にまたがつて閲し内に在つては多数の女を侍らして近侍と称する等総ての不穏不遜の行動はこの会議の結晶であつた事が察知されたがこれが『神庭会議』を一歩出る時は実に巧妙に不敬な点をカムフラージユされてゐた
【京都電話】今回の大本教大検挙については内務省の方針として亀岡天恩郷並に綾部総本部の建物そのものは証拠物件として警察当局が厳重なる管理下に置く必要あり断乎閉鎖せしめると同時に信者や日勤奉仕者を解散せしめることに一決し入洛中の内務省警保局事務官兼警務官永野若松氏並に杭迫京都府特高課長は八日午後自動車で亀岡及び綾部に主張し同夜七時に至り日勤奉仕の信者に対し綾部総本部並に亀岡天恩郷の出入禁止を厳命し綾部、亀岡両町居住者で楼閣内に籠つてゐるものは全部閣外に追出し当局の占拠するところとなつた
神庭会議を衝く
検挙の実効に苦心
今回の大本教不敬事件は去る大正十年出口王仁三郎、浅野和三郎、吉田裕定等が検挙された第一次大本教不敬事件と比較し更に一層の度を加へたものらしく検察首脳部もその不敬振りの甚だしいのに愕然とし殊に第一次大本教不敬事件は大審院に上告中大赦令が渙発せられて去る昭和二年五月十七日時の大審院長横田秀雄博士から免訴の言渡しがあつたとは云へ、その際諄々として将来を戒められてゐるのに拘らず、又々当時に輪をかけた不敬事件を敢てした事に憤然とし遂に最検挙の大鉄槌を加へたものであるが、今回の検挙は大正十年の第一次検挙の如く教主出口王仁三郎のみを中心目標とせず、王仁三郎及び彼を取巻く同教最高幹部の組織する『神庭会議』に重点を置いたのは最大特色である
第一次検挙も今回同様不敬罪として検挙したのであつたが常人でない被告に法律的責任はないと無罪を故花井博士等が大審院で主張して精神鑑定を申請、今村外二医博の鑑定が殆んど完成出揃はんとした際に大赦令渙発を見、免訴となつた為に遂に実態判決を得られなかつた、その後大和の天理研究会教主大西愛次郎の不敬事件も亦精神鑑定が問題となり遂に大審院で無罪となつた事がありまた明道会(詐欺)事件では医学博士岸一太氏が予審中矢張り精神鑑定によつて之は予審免訴となつてゐる
よつて検察当局は兎角精神鑑定の一点から崩れ易く邪教撃滅の実効を薄くする虞がありとして検挙方針に多大の苦心を払い、別項の如く神庭会議の秘密を掴むと共に、茲に同会議に検挙の中心目標を置くに至つたのである、即ち神庭会議は大本教の最高首脳部数十名が教主王仁三郎を中心として教義その他について重要議決を行ふ一種の執行委員会であり、仮に教主王仁三郎が憑霊作用を受けた精神異状者であつてもこれと協議しその言説に賛同協力する神庭会議出席者は常人であるから当然刑事責任を負ふべきで神庭会議を目標に検挙すれば事件は崩れる虞もなく検挙の実効も挙げ得られるといふのが検察当局のねらひどころである
四十名護送
亀岡から京都へ
【京都電話】亀岡天恩郷の周囲は百余名の警官を以つて堅め天恩郷内部に捜査本部を置き八日午後三時頃に検挙された大本教の幹部級は約六十名で略々取調べつきたるもの約四十名を京都へ護送した
忘れたのかあの訓戒
第一次裁判長の横田博士談
第一次大本教不敬事件当時大審院長として事件の重大性に鑑み自らその裁判に当つた横田秀雄博士は八日夕刻中野区小瀧町五一の自邸で『またやりましたか……』と静かにその頃を追憶しながら次の様に語つた
あの事件は裁判所が判断する前に大赦があつた為め結局免訴を言渡したのですが、その免訴を言渡すに当つて自分は被告に対して「若し被告が真に意識あつて不敬を敢てしたとすれば忠義を本義とする我国体に於て断じて許す事が出来ない、又意識なき憑霊作用だとするも今後断じて改めねばならぬ、若し改めぬとすれば将来この宗教は禁止せねばなるまい、再び心得違ひのない様固く申渡して置く」と諄々と説いて聞かせた、その時の王仁三郎は首をたれ黙つて聴いてゐた、私の考では彼も帝国の臣民である以上再びそんな事はすまいと思つてゐた、今では正道を踏んでゐるのかと思つてゐたのに、それが又しても前にも増した大不敬事件を捲起したと聞いては誠に遺憾に堪へない
感慨無量の底
護送の教主
京都警察署に入る
【京都電話】八日払暁《ふつげう》松江市赤山の大本教山陰本部で逮捕された出口王仁三郎(63)は内務省警保局保安課永野事務官、京都府警察部高橋警部、松江警察署松浦警部補等制私服十余名の警官隊に守られて八日午前五時十七分揖斐駅発列車の二等室に乗り京都に向つた、出口は茶色竪縞の紬袷を着し例の白髪交りの長髪をグルグルと頭上に巻いてその上から毛糸の帽子をスツポリと被りソワソワと坐つたり横になつたりして落着かずしきりに煙草を吹かしてゐたが綾部駅で大本教信者二名が車窓から着替を包んだ風呂敷包みを差出すやニツコリ笑つて受取り涙ぐむ信者に無言の会釈をした、列車は亀岡には停車しなかつたが車窓遥の右手に聳える天恩郷をながめて流石に感慨無量の面持でしばし黙祷し懐中から手拭を出してソツと赤くなつた目頭を抑へた、二条駅近くで茶縞の紬の上に鉄無地のお召と茶色の羽織を着、毛糸帽の上から更に黒ペオラの中折帽を目深に被りインパネスに身を包んで午後一時二十五分二条駅に下車自動車で中立売警察署に向ひ同一時三十分同署留置場保護室室に入つた
検挙の幹部

【京都電話】検挙された主なる幹部の姓名は左の如くである
△出口王仁三郎(現在大本教総統兼昭和神聖会統監)
△栗原白嶺(62)(現在大本総務兼内事課次長)
△藤原万象(前昭和神聖会遊説員)
△高木鉄男(62)(大本統理補兼昭和神聖会参謀)
△桜井八洲男(45)(大本編輯課長兼昭和神聖会遊説部員)
△東尾吉雄(48)(大本統理補)
△瓜生茂実(58)(綾部本部庶務課長)
△吉野花明(50)(丹州時報新聞記者兼史実課長)
△桜井同吉(60)(昭和神聖会三丹本部長)
△岩田久太郎(62)(綾部本部内事課長)
△山口利隆(北支宣伝使)
△杉本晋一(60)(綾部工芸課長)
△出口日出麿(39)(昭和青年会長兼武道宣揚会長)
△細田東洋男(40)(昭和神聖会遊説部員)
△比村中(37)(丹後竹田愛善郷詰指導員)
△藤津進(47)(大本地方宣伝課長)
△笹岡安夫(37)(近頃松岡と称していた)
△井口鉄外(64)(王仁三郎の画友)
△上野春明(56)(大本宣伝課次長)
△出口直日(三大教主)
△徳重高嶺(大本庶務課次長兼昭和神聖会三丹本部次長兼昭和青年会三丹支会長)
△岩佐一男(昭和神聖会何鹿支会長)
△雨森松吉(大森会計課長)
△桐山謙吉(史実課書記)
△出口宇知麿(33)(昭和神聖会副統監)
△広瀬義邦(40)(昭和神聖会庶務課長)
△深町霊陽(大正十年事件当時の決死隊長)
△出口澄子(二代教祖)(九日午前三時留置)
△大谷敬裕(45)(昭和神聖会遊説員)
△石田鎮彦(45)(弓道部長現在大本特派員で北海別院に在勤中)
△井上亀五郎(62)(大本本部庶務課主任元昭和神聖会参謀)
△細田正治(38)(昭和神聖会遊説員)
昭和10年12月10日【夕刊】p2
大本教王仁三郎を当局大山師と睨む
常人として処刑免れず
大本教第二次大検挙について検察首脳部は既報の如く出口王仁三郎の憑霊作用問題が第一次検挙の上告審で未解決のままになつて居るのに鑑み中心目標を同教首脳部の『神庭会議』に置いてゐるが王仁三郎に対する検察当局の観察は王仁三郎は飽くまで精神異状者でなくむしろ不埒極まる大山師であるといふにあるらしく仮りに王仁三郎に憑霊作用があつたとしても神がかり状態になつたその瞬間だけの話で彼が教徒を統率し行政的手腕を揮ふ際は全く常人の意識を有するものと見るべく刑責を問うのは当然なりとの解釈を持してゐる。
第一次検挙以後における彼の言動は不敬極まる神庭会議の議事決議はこれをそのまま示せば到底信徒を引きつけるものでもなく且つ当然当局の忌憚に触るべき事を予想しカムフラージユして信徒を集めるなど到底狂人のなす仕業とは思われず京都府警察部は大本教から発行される諸種の新聞、パンフレツト、教義集等の中からそのカムフラージされた毒鋒を発見するに多大の苦心を払い最後には京都地方検事局思想部に蒐集書類を提出して不敬思想の存在を系統立つて立証して貰つた程で王仁三郎の常人としての刑責は絶対免れぬ処と観察してゐる
九名京都へ
東京で検挙された大本教事件関係者昭和神聖会本部副統監出口宇知麿、同会正宣伝使広瀬義邦、宣伝使御田村竜吉、土井靖都、高川宅次、木村貞次、米倉嘉平、深町霊陽等八名と浦和で検挙した米倉恭一郎は九日午後一時三十分東京駅発特急『桜』で京都へ護送された
京都府警察部より出張の片岡警部補以下十名に付添はれた関係者一同は落着き払つたもので出口宇知麿の如きは始終微笑を浮かべながら何事もなかつたやうな態度であつた
昭和10年12月10日 p11
取調幹部級から一般へ
大本教検挙第二日
【綾部電話】検挙第二日の九日大本本部の所在地丹波綾部は薄寒い雨模様で前日の突風的な検挙の後をうけ警察の検挙隊の大半は前夜綾部署長や公会堂(波多野記念館)に合宿して居残り、祥雲閣、一聖殿、新祭殿に午前十時部署を分つて大本本部の家宅捜査の継続、整理等を行ひ京都検事局から出張の三検事も捜査指揮を行ひ取調の人員も幹部級から一般へ愈《いよいよ》拡大された
なほ大本で日勤する信徒奉仕者等で帰国せしめる向にはそれぞれ宣告を与へる所があつた
昭和10年12月11日 p3
【社説】宗教、芸術、学問と役人
 統制とか指導精神とかいうことが流行してから、産業の方面でも余りうまくゆかぬやうだが、これが思想方面にはいつて来て、一層面倒が起つて来るのではないかと思ふ。官僚政治の弊は官僚の優越感が、人民を支配し指導して、官権がなし得る範囲を過大に想定するにあるが、新官僚政治においてもその傾向が、漸く顕著にして、弊害の現れつつあることに就いては、本欄に既に述べたが如くである。これが宗教、芸術、学問の方面へ侵入し来るに及んでは、破綻は却て早く生ずるのではないかを憂へしめるのである。
 帝国美術院改組の失敗の如きも、総合展覧会場設備の程度に止まらないで、芸術界の統制を試み、これに会員参与指定といふ如き格付をするところに、行き過ぎがあり、過誤がある。文部大臣の力と、枢密顧問官を会長にもつて来れば、会議に馴れぬ美術家仲間などは、どうにでも引ずれると思ひ上つてゐるところに、だんだん収まりのつけ難い場面を、自ら作つていくのではあるまいか。それは恐らく文学に於ても、映画に於ても然りであつて、官庁と官吏がやれる範囲といふものは、自から制限があり、そしてその制限範囲といふものは、案外狭いものであることを考へなければならぬ。
 宗教団体法案にしたところが、前の宗教法案よりは、宗教そのものを規律するかの嫌ひを避けてゐる点が、賢明だとしても、一体松田文相がいふ様に、宗教の健全なる発達を、宗教法規を整備して、宗教団体の権義を明かにすることによつて期せられると思ふのは、如何なものであらうか。これは同じ松田文相が政学刷新評議会で、極力排斥してゐる欧米文化の咀嚼消化の不十分な思想の弊害が、如実に現れたものではあるまいか。
 大本教の検挙が、宗教団体法案審議の初総会の直前にあつたことは、宗教団体法があれば、インチキ宗教が取締れるかの如き誤解を起し易からしめるのだが、文部当局の説明によつても、かくの如きは警察取締りに一任すべく、文部省によつては取締り得ないことを証明してゐるのである。即ち大本教が自らインチキ宗教と任ずるはずもなく、類似宗教として届出ることもあるまいが、当局が類似宗教団体として取締らんとする場合、教義の宣布、儀式の執行又は宗教上の行事として届出されるものは、恐らく安寧秩序を妨げ風俗を紊《みだ》り、国民の義務に反するが如きこと無きは勿論、自ら不敬事件を起すやうなことを文部当局に知らせるはずもないのであつて、文部大臣が大本教の別働隊たる昭和神聖会に祝辞を送つた位であるから、大本教も恐らくは、文部省公認の宗教として闊歩するであらうしこれによつて一層害毒を流す虞れがないとはいへないのである。
 そしてその取締りに当つては、今回の検挙において警察官が如何に苦心したかの手柄話に感心する者は、これだけの事は到底警察権をもたない文部省によつて行ひ得られないことを、直に感ずるのである。これが治安維持法に反するなら、それによつて厳罰に処すればよいので、何で宗教団体法の罰則により二カ月以下の懲役や三百円以下の罰金でもつて、現在ありとする欠陥を補ひ充すことが出来やうか。  大本教の如きは、非宗教的な極端な例であるが、刑事探偵の眼から見たらば、その他の真正宗教においても、宗教の本質上一見国家権力と相容れないと誤認せらるるものが、多くあるのではないかといふ心配がある。各地に行はれたカトリツク教徒の迫害や、同志社その他の宗教学校において、近年幾多の事件を耳にするものは、宗教取締りが如何に危険であるかを思はしめ、学校における宗教教育に対する文部当局の態度が、幾分かでも自由と保護と救済とを与へるものである事を期待してゐる位のものである。
 インチキ宗教団体の取締りの困難は、文部省が云つても行へないインチキ学校の取締りの程度ではない。殊にそれが警察的力によらずに、文書審査第一の文教的力でやらうといふのは、寧《むし》ろ不可能といつてよい。宗教が人心の感化に至大の影響を及ぼすとは仰せの如くである。教学の刷新が国体に基き日本精神に則らなければならぬことも、云ふまでもない。ただそれを文部省から出す法令の力によつて何とか出来ると思ふならば、岡田首相が松田文相を揶揄した如く、一個の呑球布袋《ドンキホーテ》たるを失はないのである。
昭和10年12月11日 p11
王仁三郎の日誌も押収
大本教の捜査続く
【綾部電話】大本事件大検挙を第三日の十日朝来綾部警察署は永岡京都府保安課長、五十嵐綾部署長等総指揮の下に百五十名の警官が徹底包囲せる大本本部の警戒を愈《いよいよ》固めて去る八日以来祥雲閣、一聖殿、新祭殿を始め大本幹部栗原白嶺(60)等の家宅捜査その他によつて押収したる文書、軸物、刀剣、書籍類等を数百個のビール箱に入れトラツク二台に積んで京都検事局に送り、一方亀岡天恩郷内における大本総統出口王仁三郎氏の居住せる月宮殿の一室から総統手許の現金二万円を日誌と共に押収した、総統の日誌は有力な証拠書類となる模様である

【亀岡電話】検索第三日目の天恩郷は引続き京都地方検事局鈴木上席、小野思想主任の両検事指揮の下に十日朝来捜査を進め大部分の証拠物件をトラツクで京都へ運搬したが一方安生館及び寄宿舎に禁足されてゐた男女奉仕者百数十名は一応の取調を受けた上帰郷を許され続々引揚げつつあり、百余名の警官が寒風吹きすさぶ星空の下に検挙以来三日間満足な休息さへとらず警戒に当つてゐる
昭和10年12月12日【夕刊】p2
検察当局ただ唖然
不逞の陰謀計画
愈々仮面を剥がるる邪教
断乎治安維持法に
大本教大検挙事件はその後専ら京都地方検事局指揮の下に京都亀岡、綾部の各地でおびただしい証拠品の整理に全力を挙げてゐるがその取調べとともに不敬の数々が一層明確にされて来たが更に係官をして唖然たらしめてゐるのは従来治安維持法違反として処罰し得るや否やの点に多少の疑念があつたのが証拠物件の取調進捗《しんちよく》とともに最早動かすべからずと思はれる迄の事実が所々に発見されて来た事である
即ち問題は単に一々の言動、章句に止らず同教の根本精神ともいふべき『国家立直し』のお題目の中に恐るべき不逞の陰謀計画が秘められてゐた事が具体的に証明されて来たもので、彼等のいふ『立直し』とは取りも直さず我国建国の根本に重大なる批判を加へ総ての教義言動はこれを基礎として出発してゐたといつても過言なきものといはれてゐる
此の点に関しては検察当局も特に重大視し目下司法長官会同で上京中の吉益大阪控訴院検事長も特に早く今明日中に帰任し検挙の報告を受け来る十六日再び総長に報告のため上京することとなつた
昭和10年12月12日 p11
「今に紙幣発行!」と
甘い信者を釣る
”邪教大本”の正体漸次暴露
笑へぬ悲喜劇続出
【京都電話】大本教検挙以来第四日目を迎へた十一日の情勢では家宅捜査を終るまでには尚五六日を要する見込みで膨大な証拠物件の整理に努めて居るが十一日王仁三郎の居室から百人一首に模した奇怪極まるカルタが現れたがそのカルタには不敬極まる歌と王仁三郎の一族の写真を配し殊に王仁三郎のカードの如きは御紋章類似の紋を付してある外電燈の笠や近侍の衣類まで同様の紋をつけてあることが判明し彼らの紋章の◎[注]十曜の紋にもそれぞれ恐るべき意味が含まれて居り今回検挙の核心の一をなすものといはれてゐる、尚、大本教が最も神聖視し容易に信者をも近づけなかつた月宮殿の内面も今回の検挙で発《あば》かれるに至つたが、内部の祭神といふのは神島神社五六七大神と紙に書かれたものと石塊が正面左右に置いてあり、その背後に王仁三郎の写真が置かれてゐた、神島といふのは瀬戸内海淡路島付近の小島で同教ではこれを祭神「艮金神」の島と称し王仁三郎一行は本年八月態々《わざわざ》同島に渡つて王仁三郎一代記の映画を撮影したこともあるが、同教では古事記等我国の神話を無理に曲解して神聖視せしめて居りここにもその背後には我国体と相容れざる地層が秘められてゐるものと云はれてゐる、更に大本教は所謂皇道経済と称する荒唐無稽の妄想的計画を唱へて信者の蒐集に資してゐたが、一説によると失業救済として北は北海道から南は九州に貫通する三十間の大道路建設計画を樹て又一千億円の御稜威紙幣を発行して税金を免ずるなどとまことしやかに宣伝したので狂信者の中にはやつと貯め込んだ貯金を引出し保険を解約して大本教に献金したものも多数あると云ふ全く嘘のやうな悲話も今回の検挙で事実が明かになつた
[注 ◎はスを表わす「○+ゝ」の記号]
昭和10年12月24日【夕刊】p2
けさ各支部を襲ひ
大本教へ第二弾
不敬出版物配布を突止め
証拠物件を押収す
過般大検挙を行つた大本教について京都府警察部及び京都検事局ではその後峻厳なる取調べを進めた結果、不敬な出版物をひそかに全国信徒に配布した事実を突きとめたので京都警察部の手配により二十三日払暁を期して突如愛知、北海道、大阪、兵庫、鳥取、島根、福岡七府県警察部を動員し各地の分院、支部等の一斉家宅捜索を行ひ多数の証拠物件を押収した、なほ内務省警保局では近く右出版物に対し、発売頒布の禁止処分を断行する事になつた
 ◇
【大阪電話】大阪府警察部では二十三日午前六時を期し天王寺区北之町三五大本教大阪分院を襲ひ「御筆先」の不敬に亙る出版物「天祥地瑞」「大和山河草木」「火の末[巻]」「霊界物語」などの教書を初め同院の組織、名簿、在阪信徒名簿など多数書類を押収した
 ◇
【名古屋電話】二十三日午前六時愛知県特高課では大本教幹部六名の自宅並に中区松枝町昭和神聖会名古屋本部を始めほか四ケ所の家宅捜索を行ひ不敬不穏文書数千を押収した
 ◇
【松江電話】島根県警察部では二十三日早暁を期し松江市赤山大本教島根支部を初め簸川郡東村大本教地恩郷を襲ひ出版物を押収
 ◇
【福岡電話】福岡県警察部では廿三日午前五時大本教地方分院、小倉市四ケ所、戸畑市一ケ所等を一斉検索した
 ◇
【鳥取電話】鳥取県特高課では廿三日午前六時半、大本教因幡本部稜美正二方を初め東伯郡白吉津村大本教神州別院等七ケ所を襲つた
 ◇
【神戸電話】兵庫県警察部では二十三日午前六時半昭和神聖会皇道大本教神戸分院外数ケ所を検索、更に出石郡の但州別院を襲ひ文書多数を押収
 ○ ○
【京都電話】過般来京都府警察部に出張中の内務省警保局永野事務官は第二検索につき語る
目的は大本教において予て出版禁止となつてゐた機関誌「神霊界」単行本「神諭」「火の巻」の分布状態を調査するためであつて、これ以上手を延ばす事はない、今の所信者幹部などを検挙又は留置するなどの事はない
昭和10年12月25日【夕刊】p2
大本教の不敬出版発売禁止
内務省図書課ではかねて問題の大本教教主出口王仁三郎の出版について詳細に検討した結果、取り敢へず霊界物語八十一巻、出口[王]仁三郎全集八巻、出口王仁三郎歌集九巻、月の家著(王仁三郎のペンネーム)壬申日記八巻を二十四日発売禁止とした、右の理由は国体を変革する主旨が右の著書中に現はれしかも不敬に亙る箇所があるといふ理由に基くものである
昭和10年12月26日【夕刊】p2
大本教の処分
内外地に亙り解散を命じて
明春徹底的に掃蕩
大本教の処分について内務省ではかかる邪教は社会から一掃する必要があるといふので同教を解散処分に付することに決定したことは既報したが治安警察法第八条によつて解散命令を発する時期は行政処分と司法処分の平行を期するため大体教主王仁三郎以下幹部の起訴決定の前後と見られてゐるので同教の解散も明春になつて断行される模様である、即ち京都府警察部及び京都検事局では多数の証拠物件を押収し徹底的解剖に努めてゐるが王仁三郎等に不敬罪の事実がありしかも神庭会議と称する集会を試みて国体変革その他の問題に言及してゐる事実があるので内務省では治安警察法第八条
安寧秩序を保持するため必要なる場合においては警察官は屋外の集会又は多衆の運動若くは群集を制限、禁止若くは解散し又は屋内の集会を解散することを得、結社にして前項に該当するときは内務大臣はこれを禁止することを得
を発動、同教の解散を命ずることになつてゐる、この際地方の分院支部の解散問題について多少の意見はあるが内務省としては大本教の幹部が右の不敬不穏の意思をもつて布教に当り結社構成の目的があつたものと見て亀岡、綾部の両本部は勿論内地海外にわたり同教の分院、支部は一斉に解散させ全く大本教を掃蕩する意向である
また大本教に関係ある昭和神聖会及び同教の傍系団体の昭和青年会、坤神[生]会(婦人会)については今後の取調の進行によつてあるひは検索の手が延びるか知れぬがまだ不敬その他の確証は挙がつてゐない模様である、しかし右団体は大本教と深い関係があるので大本教解散の際は同時に解散命令が発せられることになる様である
プリンタ用画面
作成:2009-3-26 23:31:08   更新:2015-6-20 0:58:36   閲覧数:8283
王仁三郎ドット・ジェイピー