王仁三郎ドット・ジェイピー
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霊界物語の名言(2)

そうだ、いかに悪人といっても、元はみな神様の結構な霊(みたま)が血管の中を流れているのだから、悪になるのはみんな誤解からだ。
──三五教の宣伝使・加米彦(かめひこ)のセリフ

 丹波の鬼ケ城(おにがじょう)に割拠するバラモン教を言向け和しに向かう三五教の宣伝使・悦子姫(よしこひめ)の一行は途中、三獄山(みたけやま)の山中で夜を明かした。
 そこへバラモン教の兵士が悦子姫一行を捕まえるため探しにやって来た。
 宣伝使・加米彦と鹿公、馬公の三人は木の茂みに隠れてバラモンの兵士の会話を立ち聞きする。

 兵士の一人「…吾々は最善の道だと思って一生懸命に活動しているのだ…」 「…何でも三五教という、強い者勝ちの悪神が出て来よって、世界の弱い人民を虐げるということだ…」

 会話を聞いていると、どうやら邪教のバラモン軍とはいえ悪人ばかりではないようだ。
 鹿公は木の茂みの中でつぶやく。「加米彦さま、世界に絶対の悪人はありませんなア、鬼の子分にもやっぱり善人が混じっているじゃありませんか」

 「そうだ、いかに悪人といっても、元はみな神様の結構な霊(みたま)が血管の中を流れているのだから、悪になるのはみんな誤解からだ。
 「悪と知りつつ悪をやる奴は滅多にいない。吾々もこうして善を尽くしているつもりでも、神様からご覧になれば、知らず知らずの間に罪を重ねているかも知れないよ。」
 「だから人間は何事も惟神に任し、己を責め、謙遜し、省みなくてはならないのだ」

 加米彦はそう答えた。

〜霊界物語第17巻第15章「敵味方」より〜 原文
解

 バラモン軍が三五教の一行を捕まえようとしているのは、三五教は人民を虐げる悪徳宗教であると誤解しているからであった。バラモン兵にしてみると、三五教を弾圧することは正義であり、善行なのである。
 世の中に"悪人"と呼ばれる人は多い。しかしそれはみな、自分の行為が「正義」であり「善」であると信じての行為である。
 戦争も爆弾テロも大量虐殺も、みな悪事を行っているのではない。国を守るため、民族を守るため、自分たちを守るための正義の行為である。
 人を殺し、盗み、犯すのも、悪だから行っているのではない。自分にとっては、それは正義であり善行である。
 「むしゃくしゃしていたのでやった」──そう答える通り魔も、自分を抑圧する「社会」という名の悪魔を倒すために正義の鉄槌を下しただけなのだ。

 しかし、見ず知らずの通行人が彼の人生を窮地に追い詰めているわけではない。
 バラモン軍が三五教を悪徳宗教だと誤解していたように、悪人はみな、世界観の狭さ、見識の狭さから出てくる何らかの誤解、勘違いをしている。
 そのために、独善的で偏狭な正義となる。
 しかし自分が独善的で偏狭かどうかは、自分ではわからない。狭い部屋に閉じ籠もっている人にとっては、その部屋の中が世界のすべてなのだ。
 だから人間は常に、自分は間違っていないかどうか、直日に見直し聞き直し、身の過ちは宣り直して行くことが大切である。

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作成:2009/5/12 21:53:20   更新:2009/5/12 23:43:51   閲覧数:4071
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