王仁三郎ドット・ジェイピー
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回顧録「高熊山」からの引用

出典: 『神霊界』大正10年1月号所収の王仁・著「回顧録 高熊山」

p92

 母は愛に溺れて我子のしつは少しも顧みず、ただ父が亡く無つたから人々があなどつてせがれを虐待するものとのみ思ひひがめて居らるる様だ。父の亡くなつたのは、王仁わにばかりではない。広い世の中には幾千万人あるとも知れぬ程だ。れど父が亡くなつた為に世間の同情を得たものこそあれ、王仁わにの様に、たとへ一部の社会にもせよ憎まれたものは少ない。かねく者が無ければ決して響くものではない。これを思へば母の教訓は真の神の直諭ちよくゆである。一々万古確固不易の真理だ、心一つの持ち様で親や兄弟妹や他人にまで迷惑をと思へば立つても居ても居られぬ。改過の念は一時に
 心機たちまち一転再転、ついには感覚の蕩尽、意念の断滅。
 翌朝よくてうになつて王仁わにの姿が見えぬ、家族は大心配おほしんぱい
 不図ふととこの壁を見ると筆太ふでふと
   大本大神
 しか王仁わにの筆跡
 机の引出には羽化登仙の遺書一通
   あやしきを あらじといふは 世のなかの
   あやしきしらぬ しれごころかも   (宣長)
 そもそも遺書の文意は如何いかん、天下国家の一大事、しかも三大秘密、王仁わにの生母はたちまち火中に投げ入れた。後日の難ををもんぱかつたのであろう。


p93

我は空行く鳥なれや
○○○○○○○○○○
遙かに高き雲に乗り
下界の人が種々いろいろ
喜怒哀楽に執はれて
身振りも足振りする様を
我を忘れて眺むなり
実に面白の人の世や
されどもあまり興に乗り
地上に落つる事もかな
み神よ我とともにあれ


(注・これと似たような文が霊界物語第37巻第6章「手料理」に出ています)


(作成:2007/9/25)
プリンタ用画面
作成:2009-3-20 0:23:07   更新:2009-3-20 0:47:51   閲覧数:1751
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