王仁三郎ドット・ジェイピー
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二日目(20日、土曜日) - 1


午前5:30 ホテルを出発

 『王仁の庭5 in 台湾』2日目は朝5時にホテルのロビーに集合です。
 寝坊した人もいるので、5時半に出発。3人ずつ3台のタクシーに分乗して、いざ日月潭へ。
 1台1,800元でチャーター。1人600元(約2,184円)の負担です。
 早朝で走っている車が少ないせいもあるのか、タクシーの運転は荒く、赤信号無視、車線無視でかっ飛ばして行きます。
 ちなみに台湾のタクシーの色は全てイエローです。
 残高5,899元。

午前6:05 山が見えてくる

 タクシーは国道14号線を走って行きます。「中正路」という名の道路です。
 途中、運転手が突然車を道端に止めました。そこは8畳くらいのプレハブ小屋みたいな建物の前で、壁がガラス張りで外から中が丸見えです。中には水着(下着?)姿の若い女性がいるのが見えます。
 これはHなことをする場所に違いない。──初めて見る人はそう思うことでしょう。  しかしここは「ビンロウ」(檳榔)という木の実を売る売店です。水着の若い女性は単なる売り子さんです。
 ビンロウを噛むと中に含まれる成分で覚醒作用があります。噛み煙草のような嗜好品です。
 タクシーの運転手は売り子さんからビンロウを一箱を買うと、また走り出しました。
 以後はずっとビンロウを噛みながら運転です。(ビンロウ - Wikipedia
 6時過ぎ、だいぶ山が見えてきました。

午前6:40 日月潭の船着場に到着

 山の中をえんえんと走り、途中で国道21号線「中山路」に折れて、6時35分、ついに日月潭が見えました!
 朝もやに霞む日月潭。ついに台湾三五教の聖地に到着したのです。
 タクシーは湖畔の道路を走り、6時40分、船着場のある街区でわれわれを降ろしました。
 ここは「水社名勝街」と呼ばれている街区のようです。

午前6:55 船着場で記念撮影

 船着場には大小様々な遊覧船が浮かんでいます。
 霊界物語で「竜の島」(たつのしま)と呼ばれているラルー島(拉魯島)はどこかな〜?と湖に目を凝らすと、遠くに小さく見えました。
 それを背景にみんなで記念撮影。

 ラルー島は日本統治時代には「玉島」と呼ばれていましたが、戦後の1946年に「光華島」と改名、1999年の921大地震の後に現在の「ラルー島」に改名しました。
 ラルー(Laru)というのはこの辺りに住む先住民サオ族(邵族)の言葉です。
 ラルー島を境に、湖の東側が太陽(日)の形を、西側が月(半月)の形しているため、日月潭と呼ばれるようになったそうです。
(日月潭の資料 

午前7:25 船でラルー島へ向けて出発

 さて、朝早く日月潭に行き船をチャーターしてラルー島を参拝する予定でしたが、船は9時を過ぎないと動かないようです。
 では参拝前に朝食を…と思いましたがどの店もまだ開店していません。
 これは想定外でしたが、よくよく考えてみると…観光地なのでそんなに朝早くから営業はしないでしょう。
 仕方なくセブンイレブンで食事を買って青空喫茶店を…と思い、とぼとぼと表通りの方へ戻りかけたその時、埴安の景さんが、船が見つかった!と叫びました。
 船を出している業者はたくさんあるので、早朝動かしてくれる船を探していたのです。
 ホテル?も経営している船のオジサンのお店でトイレを借り、荷物を置かせてもらって、船着場に向かいました。
 船賃は1人300元(約1,092円)。残高5,599元。



 タクシーや船などの交渉やガイドは、中国語・台湾語の堪能な埴安の景さんに一任しています。というより、もともとこの台湾研修会は埴安さんの企画です。
 表面上は私が主催者のようなフリをしていますが、実は埴安さんの尽力で台湾研修会は実施されたのです。
 埴安さんなしには台湾には行けなかったことでしょう。

 7時25分、船はラルー島に向かって静かに走り出しました。

(作成:2007/10/24)
プリンタ用画面
作成:2009-3-20 14:57:50   更新:2009-3-20 15:04:47   閲覧数:1797
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