王仁三郎ドット・ジェイピー
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三日目(21日、日曜日) - 3


午前9:05 第2候補地内に入る


 この建物は「台湾銀行 行員訓練所」でした。
 訓練所というと物々しいですが、要するに研修センターです。
 単なる研修センターではなく、温泉地なので、保養も兼ねた研修センターのようです。日本にも観光地によく企業の研修センターがありますが、ああいうやつです。
 ですから宿泊施設もあるので、このような巨大な建物のようです。

 「あア! 歌碑だ!」
 私は門の中、すぐ近くにあった大きな石を見て、無意識のうちに中に入って行きました。(右→の写真)
 しかしここは一応、銀行の施設です。詰所から警備員が出て来て、犬が吠え出しました。
 埴安さんが私を制止して警備員に事情を説明します。
 私は一旦門の外に出て、交渉を待ちました。
 詰所の横に転がっているその大きな石は、その大きさや形から見て、王仁三郎の歌碑ではなさそうです。

 門の右の方に「台湾銀行 行員訓練所」と彫られた銀行の歌碑が建っていましたが、これも形が異なるので、王仁三郎の歌碑を再利用しているわけではなさそうです。(左←の写真)
 やがて遅れてやって来た他の6人も到着しました。

 「交渉成立!」
 埴安さんが門の外にいる吾々を手招きします。
 敷地の端だけ、という条件で中に入れてくれたようです。
 あべちゃんを除いた一行8人は奥へと入って行きました。
 果して別院の建っていた場所はどこなんでしょうか? 歌碑は存在するのでしょうか?

午前9:10 解散

 この広大なエリアから、別院の建物が建っていた場所を特定する手がかりは、次の3枚の写真しかありません。
 この3枚の写真の背景に写る山の稜線を見て、その位置を特定しようというのです。

 何れも『台湾現地研修会資料』に掲載してあったものです。
 1990年の研修会のときも、この3枚の写真を手がかりにして行ったようです。しかし漠然とした形でしか把握できなかったようです。
 今回は、その時の成果をもとに、Googleアースを使って衛星写真で範囲を特定しましたので、捜索はいくらかスムーズなはずです。
 と思いましたが、実際に写真と山の稜線とを較べてみると、果してここでいいのかどうか何とも言えません。
 吾々に立ち入りを許されているのは下の図の青い部分だけです。黄色の部分はレストランの敷地で塀があり、入ることが出来ません。(白丸は門)
 銀行の敷地の奥に入って、もっとあちこちの角度から山を見ないと、結論を出すことは出来ません。
 しかし時間も迫っていました。
 何人かはこのあと自由行動の予定として、現地の人と10時に待ち合わせをしているのです。
 もう9時を過ぎていますから、もうここで解散をしないと10時には間に合わないでしょう。
 樹々の間から見える七星山の稜線は下の写真に酷似していました。
 この場所である、と断定は出来ませんが、この場所ではない、と断定することも出来ません。
 私はとりあえず、ここらしい、ということにして、上の図の赤丸の部分で記念写真を撮り、9時10分、解散しました。
 後は残った人だけで捜索を続けることにします。

(作成:2007/10/26)
プリンタ用画面
作成:2009-3-20 16:01:30   閲覧数:1783
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