王仁三郎ドット・ジェイピー
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三日目(21日、日曜日) - 7


午前11:56 別院前?を出発


 11時45分、3人はスタバを出て霊泉郷に徒歩で向かいます。
 左の写真は、川崎さんの地図に出て来る「中山(ちゅうざん)大学入口」です。正式には「中国文化大学」といい、向かって左側に道を入っていくと大学街があります。向かって右側が台湾銀行訓練所の門です。朝最初に入って行った場所です。
 ここを別院前と仮定して、その道程を記したいと思います。

 霊泉郷までは約1キロあります。朝霊泉郷から来るときは上り坂でしたが、今度は下り坂なので多少楽です。
 王仁三郎は車でこの道を行き来していたようです。
 次の歌を詠んでいます。(『台湾現地研修会資料』P52)

   自動車に揺られて九ちやうの下り坂松田氏邸の温泉に行く

 9町は約981メートル。台湾に来る前にGoogleアースで距離を厳密に調べて来ましたが、最初にみんなで記念撮影した銀行の敷地内のあの場所なら、霊泉郷からちょうど1キロくらいです。
 セブンイレブンの交差点の辺りだとプラス1町(約109メートル)遠くなるので、「九町」とは詠まないでしょう。「十町」と詠むはずです。
 しかし銀行の敷地内を通る古い道路を使えば、ユダヤ人の家までは1キロの圏内です。そちらに別院の建物があった可能性も捨てられません。

別院から霊泉郷までの道程

上の写真「中国文化大学」(中山大学)入口が(1)です。
(2) 最初の急カーブ。
(3) レストラン。
(4) 振り返ってレストランを。
(5) 写真中央の高い建物は(A)のマンションです。
(6) 二番目の急カーブ。
(7) 写真では判りづらいですが、上の方に日本式?と思われる石垣が築かれていました。

(8) ここにも小川が流れています。上の図で水色の線で示した部分です。
 別院の王仁三郎の居宅(観星閣)の垣の外を流れている小川というのは、これかも知れないと思ったんですが、ちょっと離れすぎていますし、谷川なので洗濯するには下まで降りなくてはならず不便です。
(9) 朝タクシーが間違えて入ったレストラン。
 実は「陽明山中國麗緻大飯店」(英語名 LANDIS RESORT、通称・中国大飯店)という五つ星の高級温泉ホテルらしいです。
 http://www.landisresort.com.tw/
(10) 別院の方向を振り返って撮った写真。マンション(A)が見えます。
 高台の奥に見える高い建物は(B)と(C)のマンション?だと思われます。

(11) 3番目の急カーブ。
(12) この辺りは温泉が各家庭に引いてあるようなかんじです。
 これは路上にあった温泉タンク?のような設備。
(13) 3番目の急カーブを曲がったところ。
 奥に見える4番目の急カーブを曲がれば、霊泉郷はもうすぐです。

午後12:05 再び霊泉郷に到着


 霊泉郷に到着すると、岩さんが石碑の文字の拓本を取り出しました。
 石碑の、向かって左側に何か文字が彫ってあり、それがセメントで埋められて読めません。その文字の拓本を取って、何て書いてあるのか読み取ろうというわけです。
 岩さんは遺跡の発掘の仕事をしているので、こういう作業はお手の物です。

 よく見たら石碑の下にライトが!
 夜になるとライトアップされるのでしょうか?
 一体誰が、何故、何の目的で?
 この石碑を管理しているのは一体誰なんでしょうか?


 その時です。
 「早く来て、早く!」
 埴安さんが叫びます。
 私が写真を撮りにそこから離れて出歩いていたら、いつの間にかここの家の人が帰宅して来て、埴安さんが事情を説明していたら、庭にもう一つ石碑があるから見せてやると親切にそう言ってくれたのです!
 霊泉郷の中に入れる・・・!!
 私は急いで門の方へ駆けて行きました。


(作成:2007/10/27)
プリンタ用画面
作成:2009-3-20 16:14:15   更新:2009-3-20 16:16:32   閲覧数:1783
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