王仁三郎ドット・ジェイピー
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三日目(21日、日曜日) - 9


 あべちゃん失踪5時間の謎

 あべちゃんの話をまとめるとこうです。

 朝、みんなと霊泉郷についた後、滝を見て、その滝の写真を撮ろうとすぐそばまで行った。
 滝に手足をつけたりして遊んでいるうちに、いつの間にかみんなどこかに行っていなくなってしまった。
 このまま帰るのも面白くないので、何かないかとそのへんをプラプラ歩いていたら、日本家屋のような家が見えた。
 そこの家の人に話を聞こうと思ったが、表の門は閉まっていたので、裏口から入って、なんやかんやあって、ついにそこのおじいさんと話をすることが出来た──というのです。

 文に書くと短いですが、その間、色々なことがあったようです。
 吾々を驚かせたのは、そのたまたま入った家のおじいさんが、何と子供の頃、よく大本教に行ってチャンバラ映画を見たというのです。
 言うまでもなく大本台湾別院のことです。
 チャンバラ映画を上映していたというのは、布教をするために、日本の映画を上映して人を集めていたのかも知れません。
 そのおじいさんが、大本教の建物があった場所を教えてくれたというのです。
 その教えてくれた場所にあべちゃんは行って、写真を撮って来たそうです。
 その場所というのは──

 それは、朝みんなで記念撮影した、あの場所です。
 子供の頃、別院でチャンバラ映画を見たというおじいさんは、台湾銀行に入ってすぐ左側の辺りに別院の建物があったと、あべちゃんに語ったのです。
 実際に当時行ったことのある人の証言ですから、あの辺りに別院の何らかの建物があったのは確実でしょう。
 霊泉郷から歩いて来て、一番近いところにあったので入っただけですが、その辺りに大本の建物があったというのです。
 これ以上奥へは入れず、かつ、タイムオーバーのため、一同を解散するために記念撮影をしたあの場所ですが、偶然建物のあった辺りで記念撮影したというのは、神さまの導きであると言わざるを得ません。

 今から70年も昔のことですが、他にも探せば子供の時に別院に訪れたことのある人は、この町のどこかに、何人かいることでしょう。
 しかしどこにいるのかは分かりません。
 それを、あべちゃんが気まぐれでたまたま入った家のおじいさんが、歴史の生き証人?だったとは……これもまた神さまの導きなのかも知れません。

午後3:45 沙帽山を眺める

 あべちゃんの話を聞いて、そのおじいさんに再度ご挨拶に伺って詳しく話をお聞きしようということになりました。
 1時40分、ホテルに帰着。
 すぐまた外に出て昼食を済ませ、2時15分、一行4人はタクシーに乗っておじいさんちへ。
 しかし今度は別の家人が出て来て、おじいさんには会えませんでした。
 残念ですが、しかしこれは話すことは全て話したという神さまのお指図なのかも知れません。

 中国文化大学の近くをぶらつき、3時45分、付近のレストランで休憩。
 レストランから見た沙帽山は、写真のように、山頂が二つある双子山?でした。
 こんもりしていて眺めのいい山です。
 山をすっぽりと覆っているこの樹々は、相思樹(そうしじゅ)でしょうか? 王仁三郎はいくつか歌を詠んでいます。(『台湾現地研修会資料』P45、51、52)

   相思樹の所きまで生ひ茂る沙帽しやぼう山姿さんしうるはしきかな

   相思樹の茂り合ひたる沙帽山の姿はさながら絵の如くなり

   沙帽山相思樹の森に霧たちて見る見る包む草山の館

 70数年も、今と同じような山容だったのでしょうか・・・山を見ながらしばし物思いにふけました。

 ちなみに相思樹というのはこういう木です⇒ (1)(2)(3)

午後8:45 お土産を買う

 この後、5時50分にレストランを出て、タクシーを拾ってホテルに帰りました。
 6時50分、ホテルに到着。小さんが部屋に戻っていたので、計5人で夕食に出掛けました。

 その後、4人でスーパーに行きお土産を購入。
 なめ終った後は容器が貯金箱になるイチゴキャンデーと、ニンジン煎餅とネギ煎餅です。
 これは“台流”かなと思って買ったんですが、帰国後によく見たら全てメイド イン マレーシアでした。(^_^;)
 土産代137元(約499円)。

 4人でしばらく夜の町をぶらつき、喫茶店でお茶を飲んで11時半、ホテルに到着。
 後の5人はまだ誰も帰って来ていません。
 私以外の3人も、また外に出掛けて行きました。結局私一人です。
 コンビニで買った酒を部屋で飲みながら荷物や資料をまとまたいと思います。
 コンビニで買物62元。
 他に今日はタクシー代とかその他の食事とか大分お金を使いましたが、いくらだったか忘れました。
 タクシー代なんかは出したり出さなかったりで、よく分かりません。
 計算上の残高は1,088元。

 明日は日本に帰る日です。大阪組はホテルを5時出発。東京組は7時に出発します。

台湾の夜

 台湾では自転車はほとんど見かけません。代わりにスクーターが大量に走り回っています。
 台湾の道路は、車とスクーターと人間が渾然一体となって動いています。
 スクーターが生活の足になっているためか、台湾の夜はいつまでも人が減りません。

 日本だと終電が過ぎればもう人はまばらですが、台湾は深夜過ぎても人が多いです。
 10代前半くらいの若者も、夜遅くまで街にたむろしています。

 それは泊まったのが台湾最大の夜市の街・士林だったせいもあるでしょう。
 夜市というのは毎夜開かれる屋台街です。一年中お祭りで屋台が並んでいるようなもんです。
 これは台湾の風俗ですね。日本のようにハレとケが分かれているのではなく、毎日がハレ……。

 そういえば台湾にはヤンキーが見当たりません。台湾の不良はどこで何をしているのでしょうか?
 あと、台湾では酒・煙草をやる人が少ないです。これも台湾の特徴ですね。
 台湾を知るためにはわずか3泊4日では足りません。また今度来たときにじっくり街を観察することにします。

(作成:2007/10/29)
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作成:2009-3-20 16:22:44   閲覧数:2026
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