王仁三郎ドット・ジェイピー
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王仁の庭 in 湯河原温泉

 湯川原音泉主催、超党派オニサブラー交流会『王仁の庭2007 in 湯河原温泉』を平成19年(2007)2月18日(日曜日、旧元日)に、神奈川県足柄下郡湯河原町の湯河原温泉で開催しました。
 そのときの様子をレポートします。

発端

 私・湯川原音泉が『王仁三郎ドット・ジェイピー』の前身であるウェブサイト『王仁三郎資料センター』を開設したのは3年半ほど前の2003年秋のことです。
 何かいいウェブネームはないかなと考えていたところ、たまたま見ていた地図に「湯河原温泉」と書いてあるのが目に入り、「これって人の名前ぽいじゃん、よし、これにしちゃおう」という極めて軽いノリで付けました。
 ですからそこに昔住んでいたとか、恋人と旅行した思い出の場所だとか、そういうことは一切ありません。まったくの気まぐれです。

 名前を拝借したんだから、将来一度くらいは湯河原温泉に行ってみようかなとは思っていましたが、まさかこういう形で実現するとは……超党派オニサブラー交流会『王仁の庭』の記念すべき第1回目は、私の名の由来となった湯河原温泉で開催することになったのであります。

梅を見に行く

 東京駅から東海道線・各駅停車に揺られて1時間50分。安倍亮一郎さんと車中でえんえん、話をしながら、ふと気がつくともう湯河原駅に到着してました。
 電車をあわてて飛び降り、ホームでまず目に入ったものは「湯河原梅林」の看板。
「湯河原梅林」の看板

三千世界一度に開く梅の花 艮の金神の世になりたぞよ
と国祖・国常立尊が雄叫びを始めたのは今から115年前の旧正月のことです。
 その梅の花を観賞しながら派閥を超越したオニサブラーたちの雄叫びを初めようというのが今回の企画。しかし天気は午後から明日にかけて雨。
さて、梅見はどうなることやら…。
 いや、案じてもどうにもなりません。何事も神の御心のままにと思いつつホームの階段を降りるのでした。
湯河原駅
 駅前のうどん屋さんで高いうどんを食べて腹ごしらえ。
 まずは明日の下見のため、湯河原梅林に行くことにしました。

 超党派オニサブラー交流会『王仁の庭』は明日、旧元日の2月18日(日曜日)に開催されます。
 主催者の私・湯川原と協力者の安倍さんは東京に住んでいるので、当日朝、家を出ても間に合います。しかし主催者として当日あわてないで済むよう、事前に下見をしておく必要があるので、前日のうちに湯河原入りをしたのです。また遠方から来る人の中には泊まりで来る人もいますので、その人たちとの前夜祭(というか宴会)を夜に行なう予定です。

 改札口の真ん前に露店を開いていた団子屋さん団子屋さんで買った団子をおやつに、梅林行きの臨時バスに乗り込みました。

 開催の告知を出したのはわずか一ヶ月前。参加者がどの程度いるか疑問でしたが、最終的に私を含めて7人になりました。ごく少人数、ひょっとしたら3〜4人程度の会合になるかも…と思っていたので、7人も集まったその反響にとても驚きました。
 問い合わせ自体はそれ以上にたくさんありましたが、日程が合わない、家が遠すぎて行けない、など、参加を見合わせた方も多数いました。

 ではここで参加者の顔ぶれを見てみましょう。(申込順)
  1. 湯川原音泉
  2. 安倍亮一郎
  3. 狭依彦
  4. 神原茂理
  5. 匿名M
  6. 武田崇元
  7. セザール
 狭依彦さんは『うろー』の管理人、神原かむはらさんは『ONIKEN情報センター』の管理人です。武田さんは言わずと知れたあの武田さん、セザールさんはそういうハンドルネームで掲示板にカキコしている人。Mさんも某SNSや某拝読会によく参加しているようですし、安倍さんは台風の目としてあちこちに出没している人です。
 右?から左?まで、なかなか濃いメンツがよく集まったものです。
 こういうステキな人たちを集めて下さった神さまに感謝です。

 バスで15分ほど狭い山道を登り、バス停から更に5分ほど歩いてようやく湯河原梅林に到着しました。
湯河原梅林
 山の斜面に無数に植えられた白、ピンク、紅、色とりどりの梅。
 開花の状態は7分咲き程度です。

 関東では梅林といえば水戸の偕楽園(かいらくえん)が有名ですが、偕楽園が基本的に平地なのに対して、湯河原の梅林は幕山(まくやま)という名の山の斜面に広がっているため、梅を観賞するのはちょっとした山登りになります。
 しかし山麓から見た梅林、また山の上の方から見た梅林の眺めは、平地の梅林の眺めとはまた違った素晴らしさがあります。
湯河原梅林 紅い梅
 梅見の客に混じって、山肌に露出した岸壁を利用したロッククライミングをする人もたくさんいるのが、ここの特徴かも知れません。
ロッククライミング 白い梅 (Photo:Abe)
 下山する頃になって、それまで曇っていた空がぐずり出し、やがて小雨が降り出しました。
 梅見の間、雨を降らずにおいてくれたことに感謝しつつ、再びバスで駅に戻りました。

 雨が強くなってきました。
 明日のメイン会場となる町営施設の下見や、商店街見学など、やる予定だったことはすべて後回しにして、とりあえず宿へ急ぎました。

開催前夜

旅館千鶴
 温泉旅館『千鶴』は駅から10分ほど歩いた町はずれの所にあります。
 一見マンション風の5階建ての建物は、伊豆の山々から相模湾に清流をそそぐ千歳川沿いに建つ、リバーサイドホテル?です。

 実を言うと本当は駅の近くにある『水月』という名の旅館に泊まりたかったのです。だって「水」に「月」、オニサブラー御用達とも思える名前じゃないですか!
 しかし人気が高い旅館らしく、この日はとうの昔に満室。やむなく『千鶴』にしたのです。

 ですがよくよく考えてみると、そもそも湯河原温泉はこの千歳川沿いに発展してきたようです。この辺りから上流に向かって、たくさんのホテルや旅館が建ち並んでいます。駅に近い方が便はいいですが、湯河原温泉としてはこのリバーサイドが正統なのでしょう。
 ちなみに川の向こう岸は静岡県熱海市です。湯河原温泉街は静岡県と神奈川県をまたいでおり、住所的には熱海市になっているホテルもあります。

 フロントで宿泊カードを書いていると、すでに一人いらしてますと旅館の人に言われました。
 4人相部屋で部屋を取ったのです。湯川原と安倍さん以外というと、狭依彦さんかMさんか、どちらかです。
 誰が来ているのか名を聞くと、名前は伺っていないとの返事。Mさんは到着は夜になると言っていたので、おそらく狭依彦さんが来ているのでしょう。

 実は狭依彦さんとは初対面。メールでは何度もやりとりしていますが、会うのは今日が初めて。旅館の人が言うにはナント狭依彦さんは到着するなりさっさと浴場に入りに行ったので部屋にはいないとのこと。

 われわれ4人の部屋は瑞の御魂にちなみたる303号室。こっちから指定したわけじゃありません。これもまたいわゆる一つの神の仕組でしょう。
 安倍さんと二人で部屋の中で、狭依彦さんが浴場から戻ってくるのを今か今かと待ちますが、なかなか戻って来そうにありません。
 私は狭依彦さんに挨拶したら一風呂浴びて、そしたら外に出て明日の下見&酒の買い出しに行こうと思っていたのですが、狭依彦さんが戻ってくるのをいつまでも待っているのはかったるいので、こっちから挨拶がてら一風呂浴びに浴場に行くことにしました。

 服を脱いで浴場の扉を開けて、さ〜てどの人が狭依彦さんかな〜〜と探すまでもなく、浴場には一人しかいないのですぐに分かりました。
 というわけで真っ裸で初対面の御挨拶。
 まあ、裸の出会いというのも風流でいいでしょう。

 酒の買い出しから戻ってしばらくすると最後の一人、Mさんが部屋に到着しました。安倍さんとは面識があるようですが、私と狭依彦さんはMさんと初対面です。Mさんは30代前半。今回最も若い人です。
 ちなみに私は30代後半。安倍さんと神原さんが約40歳。狭依彦さんとセザールさんが約50歳。武田さんは56歳。
みな、それなりの歳です。

 4人揃ったところで出会いの祝杯をあげました。その後、酒を飲みながら延々と深夜0時過ぎまで話し続けました。
 何を話したかって? ……すっかり忘れました(笑)
 ただ一つ、よく覚えていることは、この4人の男たちの血液型が全員B型だと判明したこと。たまたま一宿一飯を共にすることになった4人が4人ともB型だとは……これじゃ「やっぱりB型ってヘン」とか言われてしまいそうです。

 ちなみに他の参加者3人は、A型、O型、AB型が各1名ずつ。
 日本人のABO分布はA型40%、O型30%、B型20%、AB型10%です。サンプル数がわずか7人しかありませんが、いやにB型の比率が高いです。
ところで王仁三郎の血液型って何型なんでしょうか?
 ニサブローって言うくらいですから、O型っぽいですけど…?

本日快哉!

 夜が明けて旧元日の朝になりました。
 昨夜から続く雨はまだまだ止みそうにありません。
 メインの会場となるのは、駅から歩5分くらいのところにある町営施設の会議室。ここを9時から夕方5時まで借りています。
 梅見は中止して、一日中、この会議室の中に籠もって話をすることになりそうです。

 武田さんとセザールさんとは9時に駅前で合流することになっていたのですが、早速、武田さんから遅れるとの連絡が。
 セザールさんも待てども待てども現われる気配がありません。
 都合で午前中しか参加できない神原さんと合流し、とりあえず5人だけで『王仁の庭』を開会しました。
 ちなみに私、安倍さん、武田さんは東京から来ましたが、他の4人は名阪方面3人、東北方面1人と遠方から来た方が多いのです。
 逆に言うと、それだけオニサブラーというのは人数が少なく、日本各地にまばらに点在していると言っていいかも知れません。

 ところで『王仁の庭』て、何をやる会なのでしょう? 主催者の私にもよく分かりません(笑)
 所属党派を問わずオニサブラーを集めた交流会を開こうという企画が持ち上がったのが去年の暮れ。安倍さんが私のうちに遊びに来たときのことです。
 そのとき安倍さんと私は初対面でしたが、酒を飲み、メシを食い、いろいろ話をするうちに、年明け早々に超党派の会合を行なおうということで気持ちが一致したのです。
 安倍さんから貰った東急ハンズの旧暦付きカレンダーをめくりながら、日にちはいつがいいかなーと考えていると、2月18日の日曜日が旧元日だということに気が付きました。日曜だし、集まるならこの日がもっとも適しています。
 会合の名は『王仁の庭』と安倍さんが命名しました。通常は「おにのにわ」と読みますが、「わにのにわ」と読むと、上から読んでも下から読んでも「わにのにわ」になるという、驚きのネーミングです。

 そういうわけで『王仁の庭』は始まりました。

 ONIKEN情報センター管理人の神原(かむはら)さんは約20年前に『オニケン』というネットワークを設立した人です。
 オニケンというのは王仁三郎研究という意味で、日本各地に点在する王仁三郎研究家や研究会、同好会、ファンなどを結びつけたネットワークです。いうなれば無所属系オニサブラーの魁けとも言えるスゴい人です。最盛期には40〜50人もいたとのこと。ネットワークに参加する人たちから原稿を集めて機関紙を出していました。95年頃にウェブサイトを開設したそうですが、当時はまだ大本本部のサイトすらなく、王仁三郎関係では出口三平さんのサイト(現在は消滅)くらいしかなかったそうです。ネット利用も先端を行っていたんですね。
 実をいうと私・湯川原もオニケンに一時期、関わっていました。神原さんとは10数年前に一度会ったことがあり、久方ぶりの再会であります。
 こういうなつかしい人に会えただけでも『王仁の庭』を開いた甲斐があります。

 他の人たちも、顔や名前を聞いて初めて、某拝読会にいつも一緒に参加している人だとか、某SNSで知り合った人だとかが分かったりして、驚きの声をあげていました。意外と世間は狭いものですね。

 やがてセザールさん、武田さんも到着。ようやく7人のサムライではなくオニサブラーが揃いました。
『王仁の庭』風景
 当初『王仁の庭』のプログラムは次のようなものを考えていました。
(1)一人の持ち時間5分〜30分程度のトーク&質疑応答
(2)議題をいくつか事前に決めて、それに沿った意見交換・情報交換
 参加者が10人以上になることも想定して、みなが発言できる機会をつくることを考えて、上のようなプログラムにしたのですが、結局、少人数の会合になったので、堅苦しくやらずに、すべては成り行き任せのフリートークにすることにしました。よく言えば惟神のまにまに…てやつです。

 1時過ぎに昼食を取った後、雨がやんだので梅林に梅見に行こうかという話が出ましたが、往復2時間は必要です。4時には帰らなくてはいけない人もいるので梅見はやめて、午後も5時までフリートークを続けていました。

 さて、どういう話が出たのか?
 いろいろな話が出ました。
 ある程度ウェブ上で公表しようと録音とかしてたんですが、音質が悪くてよく聞き取れません(笑)
 ということで皆さんのご想像にお任せします。


【附記】真鶴半島

 湯河原温泉のすぐ近くに、相模湾に突き出た「真鶴(まなづる)半島」があります。遠望が、鶴のような首を突き出して、翼を広げたような姿をしているため、「真鶴」と呼ばれるようになったとのことです。(マナヅルというのはこういうツルです

 この辺りは鎌倉時代から「真鶴」と呼ばれており、現在、日本で真鶴という地名はここ「神奈川県足柄下郡真鶴町」以外には「青森県つがる市森田町床舞真鶴」と「福岡県北九州市小倉北区真鶴」しかないようです。

 「真鶴」と聞いてすぐピンと来るのは天祥地瑞に登場する真鶴山や真鶴新国のことです(第74巻、第75巻)。
 10年以上前に、天祥地瑞の真鶴と何か関係があるのかなと思い、真鶴半島に旅行に行きました。

 半島の真ん中あたりに貴船(きふね)神社という、1100年前に創建された古社があります。貴船神社と言えば高龗神(たかおかみのかみ)を祀る京都の貴船神社が有名ですが、真鶴の貴船神社は京都から勧請したものではなく、大国主神、事代主神、少彦名神という出雲系の神さまを祀っています。(公式サイトはないようです。Wikipedia

 今回、真鶴半島について調べていて、とても重要なことに気がつきました。それはマナヅルの首が富士山を中心に伸びているということです。(Google Map
 下は遊覧船のパンフですが、富士山から相模湾に向かって真っ直ぐに鶴の首が伸びていることが分かります。とても素晴らしい風景です。
真鶴半島
壮大なる自然、神の経綸、というものを感じます。
さて、天祥地瑞との関わりは……どうなんでしょうか……?
(作成:2007/2/25)
プリンタ用画面
作成:2009/3/24 15:49:42   更新:2009/5/19 13:36:17   閲覧数:4477
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