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大本七十年史 総目次

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『大本七十年史』(上・下)の目次です。

上巻:昭和39年(1964)2月4日発行
下巻:昭和42年(1967)8月7日発行
編集:大本七十年史編纂会
発行:宗教法人 大本

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上巻
[27]第一章 開祖の前半生──開教にいたるまで──
[80]第二章 大本の発端
[106]第三章 聖師のおいたち
[138]第四章 高熊山の修業と幽斎
[164]第五章 開祖と聖師
[206]第六章 出修
[258]第七章 発展への胎動
[291]第一章 全国宣教のはじまり
[372]第二章 開祖の昇天と道統
[396]第三章 宣教の活性化
[513]第一章 第一次大本事件の背景と原因
[566]第二章 第一次大本事件の勃発と影響
[643]第一章 霊界物語の発表
[680]第二章 教団の推移
[716]第三章 王仁三郎の入蒙
[762]第四章 人類愛善運動
下巻
[3]第一章 宣教の積極化
[88]第二章 満州事変と大本
[165]第三章 昭和神聖会
[207]第四章 教団の発展と充実
[313]第一章 第二次大本事件の原因
[382]第二章 第二次大本事件の大検挙
[490]第三章 第二次大本事件の第一審
[576]第四章 第二次大本事件の第二審
[629]第五章 第二次大本事件の解決
[715]第一章 敗戦日本と大本の新生
[750]第二章 愛善苑の活動
[793]第三章 出口王仁三郎聖師の昇天
[826]第四章 大本愛善苑の発展
[907]第五章 二代苑主の巡教と昇天
[951]第一章 三代教主の継承
[1005]第二章 国内宣教
[1112]第三章 平和運動
[1184]第四章 海外への発展
[1222]第五章 文化活動
[1284]第六章 開教七十年の大本

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上巻

大本七十年史によせる 出口直日
刊行のことば 出口栄二
[1]序説
[3]あらたな民衆宗教
[5]大本の特色(一)
[10]大本の特色(二)
[12]大本の特色(三)
[14]七十年史の時期区分
[17]各時期の特徴
[20]今後の課題
[25]第一編ID:h1
[27]第一章 開祖の前半生──開教にいたるまで──ID:s1-1
[27]1 出口なおの出生
[27]身魂の因縁
[32]なおの父母
[36]2 おいたち
[36]奉公時代
[39]藩政の実態
[42]3 出口家入りと結婚
[42]出口家入り
[47]幕末の綾部
[49]生活の変貌
〔出口家家系図〕
[53]労苦の連続
[57]4 維新の時世と生活苦
[57]維新の風
[60]生活の流転
[66]民衆の苦悩
[69]5 災厄と困窮
[69]愛と苦しみ
[73]行商と糸引き
[77]時代の霊魂
[80]第二章 大本の発端ID:s1-2
[80]1 帰神
[80]開教
[83]神命のまにまに
[86]発動と霊感
[88]2 筆先のはじまり
[88]放火の嫌疑
[89]四〇日の座敷牢
[90]釘で記された筆先
[91]筆先の内容
[93]3 大本出現の意義
[93]初発の神諭
[94]世の立替え立直し
[97]4 広前の成立
[97]出牢後の動静
[98]外国行き
[100]広前のはじまり
[101]広前の移転
[106]第三章 聖師のおいたちID:s1-3
[106]1 幼少のころ
[106]出生
[109]幼年期
〔上田家家系図〕
[112]2 小学校の生活
[112]偕行小学校
[115]代用教員
[116]神道への関心
[117]3 最初の反抗
[117]久兵衛池事件
[121]亀山城のあと
[124]4 労働と勉学
[124]新事業の失敗
[127]「喜楽はん」と冠句
[128]牧夫の生活
〔岡田惟平〕
[133]書画と信心
[134]ラムネとマンガン礦
[135]精乳館・上田牧牛場
[138]第四章 高熊山の修業と幽斎ID:s1-4
[138]1 入山にいたるまで
[138]父の死
[142]入山の動機
[144]2 高熊山の修業
[144]高熊山
[146]岩窟の修業
[150]家族の心配
[152]3 幽斎の研究と稲荷講社
[152]喜楽天狗
[154]布教活動と警察の干渉
[157]幽斎の修業
[158]稲荷講社と本田親徳
[163]鎮魂帰神
[164]第五章 開祖と聖師ID:s1-5
[164]1 喜三郎の参綾
[165]初参綾への道
[167]開祖との対面
[171]霊学指導
[175]開祖の使者
[180]2 金明霊学会
[180]金明会の発足
[181]十曜の神紋
[182]金明霊学会
[188]祭典と行事
[191]3 上谷の修業
[191]神々の登場
[195]霊憑りの発動
[196]吉崎仙人のこと
[198]4 上田喜三郎と出口すみの結婚
[198]神定の結婚
[201]日清戦争の社会
[203]「われよし」への警鐘
[206]第六章 出修ID:s1-6
[207]1 冠島・沓島開き
[207]冠島と沓島
[209]冠島開き・沓島開き
[213]会長排斥と内部の対立
[217]鞍馬山まいり
[223]2 水と火のご用
[223]元伊勢お水のご用
〔出修・宣伝の旅装の写真〕
[227]出雲の火のご用
[232]立替え立直しの切迫
[234]3 弥仙山ごもり
[234]岩戸がくれ
[236]弥仙山
[240]大本神諭の展開
[242]開祖と会長との対立
[246]岩戸開き
[253]4 沓島ごもり
[258]第七章 発展への胎動ID:s1-7
[258]1 会長の教説
[258]著作と布教
[266]救いの教義
[269]悪の世批判
[273]日本主義
[275]戦争観
[277]2 会長の研鑽と綾部の苦況
[277]皇典講究分所入学
[281]御嶽教に勤務
[282]金明霊学会の苦況
[286]祭事の継承
[289]第二編ID:h2
[291]第一章 全国宣教のはじまりID:s2-1
[291]1 大日本修斎会
[291]創立の状況
[296]王仁三郎の帰綾
[301]「直霊軍」の創刊
[307]造営の宣教
[317]明治の晩期
[323]2 大正の初期
[323]大本教の教規と信条
〔大本教信条〕
[329]「敷島新報」と直霊軍部隊
〔直霊軍軍規、軍制〕
[339]3 皇道大本
[339]改称の理由
〔皇道大本の印〕
[341]浅野の入信
[344]神島開き
[351]4 「神霊界」の発刊
[351]創刊の辞と檄
[355]神諭の発表
[359]海軍関係・知識層等の参綾
[364]5 大正維新の主張
[364]皇道論
[368]大正維新論
[372]第二章 開祖の昇天と道統ID:s2-2
[372]1 昇天
[372]昇天の前後
[379]葬儀
[383]2 開祖の人柄
[389]3 道統の継承
[389]世継ぎ
[391]信者への影響
〔伊都能売観音像の写真〕
[396]第三章 宣教の活性化ID:s2-3
[396]1 予言と宣伝
[396]予言の強調
[406]情勢の深刻化
[409]地方宣教
[426]2 教勢の発展
[426]修業者の激増
[432]本部の動き
[441]綾部神苑の拡張と整備
[446]亀岡大道場
〔寛政時代の亀山城古図〕
[451]祭事
〔祝詞、神名奉唱〕
[456]3 積極的宣教
[456]台湾の動き
[461]内地宣教の展開
〔大正9年現在の支部・会合所の設置状況図〕
[471]4 文書宣教
[471]教説の刊行と「大本時報」
[476]教内の論争
[483]社会の反応
[491]5 大正日日新聞
[491]日刊新聞の経営
[497]新聞の論調
[504]新聞と信者の立場
[506]抵抗と閉社
[511]第三編ID:h3
[513]第一章 第一次大本事件の背景と原因ID:s3-1
[513]1 事件の背景
[513]事件のあらまし
[516]事件の背景
[523]民間諸宗教への政策
[527]2 最初の警告
[527]第一回調査
[533]第二回調査
[536]最初の警告
[539]言論界の攻撃
[545]3 検挙への動向
[545]日米戦争の予言
[549]第二の警告
[556]告発
[566]第二章 第一次大本事件の勃発と影響ID:s3-2
[566]1 検挙
[566]第一回家宅捜査
[571]検挙
[574]第二回家宅捜査
[576]検挙の目的
[577]2 事件の影響
[578]事件直後の大本
[581]予審決定
[591]大本教改良の意見
[595]内訌と凋落
[599]信者の態度
[602]記事解禁と批判
[611]信者への迫害
[615]責付出獄
[620]3 公判
[620]教団の改革
[625]第一審
[630]本宮山神殿破壊
[641]第四編ID:h4
[643]第一章 霊界物語の発表ID:s4-1
[644]1 霊界物語の口述
[644]物語の発表
[650]口述の由来
[656]2 霊界物語の内容
[656]あらすじ
[660]神観と宇宙観
[663]人生観
[666]神の経綸
[673]3 霊界物語発表の影響
[673]発表の経過
[677]発表の影響
[680]第二章 教団の推移ID:s4-2
[680]1 一部の離反
[680]社会への復帰
[682]浅野和三郎
[687]谷口正治
[691]2 あらたな胎動
[691]バハイ教徒の来綾
[695]エスペラントとローマ字の採用
[702]道院・世界紅卍字会
[704]新機運の動向
[716]第三章 王仁三郎の入蒙ID:s4-3
[716]1 蒙古へ
[716]入蒙の決意
[719]入蒙の目的
〔『錦の土産』の写真〕
[723]2 満蒙をめぐる政治情勢
[723]蒙古の政治情勢
[725]盧占魁の経歴
[726]中国の政治情勢
[728]下工作
[730]3 王仁三郎一行の足どり
[730]奉天での準備
[734]蒙古へ出発
[739]索倫山
[747]パインタラ事件
[750]4 入蒙の影響
[751]再入監
[755]社会的反響
[758]保釈後の動向
[762]第四章 人類愛善運動ID:s4-4
[762]1 各宗教との提携
[762]普天教と回教徒との関係
[766]世界宗教連合会
[770]万国信教愛善会
[771]2 人類愛善会の創立
[771]発会と主旨
[777]規約改正と組織・活動
〔人類愛善会規約〕
[781]3 海外への発展
[781]文書による海外宣伝
[785]宣伝使の欧州派遣
[795]4 あらたな建設譜
[795]王仁三郎の指示
[797]機構の改革と人事
[801]債務の整理
[807]国内宣教と造営
[815]大審院の判決
[818]暁天の気運
〔昭和3年3月現在の分所・支部の設置状況図〕

下巻

[1]第五編ID:h5
[3]第一章 宣教の積極化ID:s5-1
[3]1 現界的活動へ
[3]みろく大祭
〔公認運動〕
[13]大祭後の動き
〔月宮殿の造営、人類愛善運動〕
[18]聖師巡教の旅へ
〔四国、東北、北海道〕
[26]2 教線の拡充
[26]巡教活動
[30]満州巡教と世界紅卍字会
〔世界紅卍字会赴日団、満鮮巡教〕
[42]海外の宣教
〔満州、朝鮮、華北、上海、ブラジル、メキシコ、ペルー、ヨーロッパ〕
[57]3 教団発展への動き
[57]宗教と芸術
〔作品展、宗教博覧会〕
[66]本部の体制
〔みろくの礼拝、長生殿〕
[76]梅花運動
〔作品展、更生祭、府県別の分所・支部数〕
[88]第二章 満州事変と大本ID:s5-2
[88]1 満州事変と大本
[89]人類愛善と青年の動き
[93]桶伏山の建碑
[96]満州事変の突発
[101]大本本部の指導態度
[105]昭和青年会の改組
[107]宣統帝問題
[115]一九三一年(いくさのはじめ)
[117]2 皇道運動と大本
[117]非常時と愛国運動
[120]挙国更生運動
[123]昭和青年会と防空運動
[127]満蒙博覧会に大本館特設
[131]昭青・坤生会等の諸体制
[135]皇道大本への改称
〔皇道大本信条〕
[138]諸運動の展開
[146]諸運動の指導理念
[150]内外多事
[154]『天祥地瑞』の口述
[159]多彩な大本
〔人類愛善新聞の府県別販売拡張図〕
[165]第三章 昭和神聖会ID:s5-3
[165]創立にいたるまで
[170]声明・主義・綱領
[174]海軍軍縮条約廃止運動
[176]地方組織の拡大
[183]内外の反響
[187]農村救済運動
[190]指導精神の統一
[195]天皇機関説と人類愛善新聞
[199]創立一周年
〔昭和神聖会本支部分布図〕
[207]第四章 教団の発展と充実ID:s5-4
[207]1 巡教
[208]聖師の巡教と歌碑
[220]日出麿師の宣教と教化
[226]2 教団の充実
[226]本部での動き
〔大本の財政〕
[232]神苑の造営と祭事
〔天恩郷、綾部、穴太瑞泉苑〕
[238]文書宣伝
〔新聞の経営、青年の雄弁と音楽、映画・演劇・写真〕
[249]二代教主と鶴山織
[260]3 教勢の拡大
[260]諸団体の活動
〔人類愛善会、災害救援慰問活動、エスペラント・ローマ字運動、大日本武道宣揚会、明光運動〕
[273]海外での発展
〔満州、朝鮮、華北、上海、東南アジア、南洋諸島、ブラジル、メキシコ、ヨーロッパ〕
[290]昭和一〇年ごろの教勢
〔組織図、人事図、施設と機関、歌碑〕
[308]大本記事の報道
〔長生殿完成図〕
[311]第六編ID:h6
[313]第一章 第二次大本事件の原因ID:s6-1
[313]1 弾圧の動機
[313]内部における予感
[317]弾圧の背景
[324]軍部・右翼との関係
[333]昭和神聖会と国家改造運動
[344]国家改造請願運動の流言
[354]2 検挙への準備
[354]検挙の理由
[360]大津会議
[363]閣議決定
[374]その前日
[382]第二章 第二次大本事件の大検挙ID:s6-2
[382]1 昭和一〇年一二月八日
[382]綾部と亀岡を急襲
[389]出口聖師と幹部らの検挙
[394]「邪教」との断定
[405]2 警察の強圧と取調べ
[405]信者の動き
[412]暴行と「自白」の強要
[422]3 大本抹殺の命令
[423]くずれゆく教団
[432]建造物破却の命令
[444]土地の不法処分
[449]4 弾圧の嵐
[449]徹底的掃滅へ
[458]海外へも波及
[462]冷たい社会の風
〔当時の出口一族〕
[472]起訴と起訴猶予
〔起訴、猶予者の氏名一覧〕
[479]弁護活動への準備
[485]宗教への弾圧
[490]第三章 第二次大本事件の第一審ID:s6-3
[490]1 予審
[490]未決の生活
[499]予審での取調べ
[506]予審終結決定
[511]弁護団の構成
[515]2 第一審の公判(京都地方裁判所)
[515]準備公判
[518]事実審理
[528]検事の論告
[529]弁護人の弁論
[533]第一審の判決
〔大本財産処分収支表〕
[547]3 護教
[547]信仰の護持
[558]弁護活動への献金
[566]出口家の動静
[571]宗教弾圧の強化
[576]第四章 第二次大本事件の第二審ID:s6-4
[576]1 第二次世界大戦の進行
[576]戦時統制の強化
[581]治安維持法の「改正」
[588]日米の開戦
[591]2 第二審の公判(大阪控訴院)
[592]土地返還請求の提訴
[596]第二審
[604]判決
[618]3 王仁三郎らの保釈
[618]保釈にいたるまで
[622]中矢田農園
[629]第五章 第二次大本事件の解決ID:s6-5
[629]1 再建への動き
[630]戦局の転回
[635]暗黒の世
[646]荊棘をこえて
[651]海外の信者
[659]2 事件の解決
[659]戦争の終結
[665]大審院の判決
[677]土地返還訴訟の解決
[681]3 新生への準備
〔楽焼(耀わん)〕
[694]4 大本事件の性格とその意義
[694]第一次大本事件
[698]第二次大本事件
[706]事件の意味するもの
[713]第七編ID:h7
[715]第一章 敗戦日本と大本の新生ID:s7-1
[715]1 信教自由の実現
[715]日本の敗戦
[717]占領下の日本民主化
[721]国家神道の禁止と信教の自由
[723]戦後の宗教界
[726]2 大本事件解決報告祭
[727]新生のまつり
[733]「世界平和の先駆者」
[735]3 愛善苑の発足
[735]愛善苑の設立
[742]両聖地の整備
[746]宗教法人「愛善苑」
[750]第二章 愛善苑の活動ID:s7-2
[750]1 出口聖師夫妻の巡教
[750]出雲路の旅と鉢伏山
[752]紀州路の旅
[755]2 宗教活動の進展
[755]本部と地方のうごき
〔愛善苑会員章〕
[766]青少年の組織化
[768]生産増強運動
[770]出版活動
[775]芸術への精進
[776]3 宗教提携のうごき
[777]愛善苑にたいする社会の反響
[780]国際宗教懇談会の開催
[784]国際宗教同志会の結成
[786]4 平和憲法と愛善精神
[793]第三章 出口王仁三郎聖師の昇天ID:s7-3
[793]1 昇天
[799]招魂祭と通夜
[804]2 葬儀
[804]告別式と遷柩
[811]埋葬祭
[816]一般的反響と信徒の動向
[819]3 人間 出口王仁三郎
[826]第四章 大本愛善苑の発展ID:s7-4
[826]1 道統の継承
[826]二代の継承
[830]二代苑主の指導精神
[834]2 教団体制の確立
[834]大本愛善苑
〔大本愛善苑信条〕
[841]造営と祭事
〔祝詞、神号〕
[852]3 教勢の飛躍
[852]委員長の全国遊説
[856]梅花運動
[871]青年会・婦人会組織の確立
[877]社会福祉事業
[879]4 人類愛善会の再出発
[884]「人類愛善新聞」の再刊と運動の展開
[891]5 農事と芸術
[891]愛善みずほ会の設立とその活動
[895]楽天社の発足宣言とその活動
〔耀わん展、歌まつり〕
[907]第五章 二代苑主の巡教と昇天ID:s7-5
[907]1 巡教
[922]2 二代苑主の昇天
[922]発病
[925]昇天
[927]招魂祭と遷柩
[933]本葬
[936]埋葬
[938]3 二代教主の面影
[947]第八編ID:h8
[951]第一章 三代教主の継承ID:s8-1
[951]1 教主 出口直日
[951]道統の継承
[954]三代教主の人となり
[959]2 「大本」の名称復活
〔大本教法、教則、規則〕
[967]3 教主補 出口日出麿
[968]おいたち
[971]大本入信
[977]結婚とその後
[980]神仙の世界
[985]4 信徒の指導と巡教
[985]信徒の指導
[991]巡教
[1005]第二章 国内宣教ID:s8-2
[1005]1 みろくの世建設運動
[1005]みろく殿の完成
[1010]信行一致
[1014]巡回講座と食糧自給国民運動
[1023]信徒の新生
[1028]信徒一〇万
[1035]2 教団活動の確立
[1035]あらたな展開
〔大本信徒章〕
[1046]「神の家」づくり
[1050]節分大祓運動
[1053]特別宣教
[1060]3 諸団体の活動
[1060]大本青年会
[1067]大本婦人会
[1072]社団法人愛善みずほ会
[1081]社会福祉法人信光会
〔亀岡保育園、綾部松寿苑、亀岡松花苑〕
[1085]大本育英会
[1086]大本学苑
[1087]株式会社天声社
[1088]4 神苑造営と祭儀
[1089]造営
[1095]祭儀
[1103]教勢
〔施設と機関・人数〕
[1112]第三章 平和運動ID:s8-3
[1112]1 世界連邦運動
[1112]世界連邦運動のおこり
[1116]世界連邦都市宣言運動
[1118]第一回世界連邦アジア会議
[1122]第二回世界連邦アジア会議
[1126]第三回世界連邦アジア会議
[1129]世界連邦日本国家宣言の促進
[1134]2 原水爆禁止運動
[1134]原水爆禁止緊急会員大会
[1138]全国各地の署名運動
[1143]署名簿の国連送達
[1151]3 宗教世界会議
[1151]宗教世界会議本会議
[1155]宗教世界会議亀岡大会
[1156]宗教世界会議綾部大会
[1161]出口伊佐男のベトナム訪問
[1163]4 憲法擁護と軍備撤廃
[1165]安保反対運動
[1168]憲法擁護・軍備全廃の署名運動
[1172]世界宗教者平和会議への参加
[1177]人類愛善会
[1184]第四章 海外への発展ID:s8-4
[1184]1 文書による海外宣教
[1196]2 海外における宣教活動
[1196]海外派遣宣伝使の活動
〔出口栄二、広瀬静水、伊藤栄蔵、出口新衛〕
[1211]中南米における宣教活動
[1222]第五章 文化活動ID:s8-5
[1222]1 楽天社と芸術
[1222]明光社から楽天社へ
[1231]木の花花壇
[1237]茶道の展開
[1240]大本能の歩み
[1247]陶芸
[1255]木の花帯と鶴山織
[1256]大本の武道
[1259]八雲琴と大本
[1261]植物園・このはなざくら
[1265]演劇と書道
[1268]2 エスペラント運動
[1268]エスペラント普及活動
[1274]エスペラントによる文化活動
[1279]大本のエスペラント運動
[1284]第六章 開教七十年の大本ID:s8-6
[1284]あらたな決意
[1287]本部・地方の機構
[1289]宣教活動
[1293]平和運動と「人類愛善新聞」
[1301]社会的評価のたかまり
[1303]記念式典と行事
[1311]記念事業
[1316]新体制
[1320]あとがき
[1324]主要参考・引用文献一覧
エスペラント訳「大本七十年史序説」
(作成:2007/8/1)
プリンタ用画面
作成:2009-3-24 17:42:09   更新:2015-6-18 0:35:22   閲覧数:4211
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